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受験 [家庭教師のお仕事]

受験って
頭の良さ
うーんこれは抽象的ですが(笑)
世間で言われている
頭の良さだけで決まる訳ではない
というのが面白いところであり
難しいところなんですよね。
戦略勝負です、ほとんどが。
ただ生徒の勉強量、スペックが高ければ
高いほど戦略は色々立てられます。
ですから勉強をしてほしいですが
方向を間違えると
ただの無駄勉になります。

戦略をしっかり立てるのが
プロ家庭教師の醍醐味です(^O^)
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奇跡希望 [家庭教師のお仕事]

今年の入試大丈夫かなあ…
毎年、毎年そう思います。
余裕で合格とか
合格が現時点で見える生徒なんて
頼まれることは
ほぼないからです。
たいていが奇跡希望なんです(笑)
こんなこと言ったら
怒られるかもしれませんが
実際…そうなんです。

まあ
今まで16年間だか17年間だか
なんとか第1志望合格率75%くらいをキープして来ましたが
下手をしたら
今後全滅の年もあるかもしれないんです…。
奇跡希望なので。
そういうのは怖いです。

一年に何回か奇跡を起こしたいもの
です。
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可能性 [家庭教師のお仕事]

無限の可能性があるというのは
おしゃれな嘘だと思いますが
自分の今ある能力や環境で
できること
つまり可能性は沢山あります。
その可能性を
見出すのがプロ家庭教師としての
もっとも大きな仕事です。
こういうのって
自分でやってきたから得意なんです[手(チョキ)]

一般の方も
八方ふさがりの時
諦めないで
探して欲しいです。
可能性を。
ただ、可能性を探す上で一番大切なことは
自分の能力、できることを
客観的に判断することです。
これが一人だと難しいです。
客観的に見られる人は間違いなく数学ができますが(笑)
それもプロ家庭教師である私の仕事です。
一般の人なら年長者とか自分のことを嫌いな人に
聞いてみるのもいいかもしれません。

道は自分で切りひらくものです。
黙っていても
そこに道はありません。
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The プロ家庭教師のお仕事 [家庭教師のお仕事]

人というのは
能力はある程度決まってます。
勿論
鍛えれば伸びますが
漫画やゲームのように
能力アップするわけでありません。

例えば
私は野球をやってましたが
何とか大谷くんみたいな160キロを
投げられる投手になりたいー
と思ってもそれは無理です。
お子ちゃまが描く絵空事です。
そんなことはない
努力で何とかなるんだ〜という人は
もはや妄想です。
自分の身体能力内でどうやって勝つか
自分が身に付け得る能力はどれくらいか
それを冷静に判断して
努力した方が絶対に野球で活躍できます。
野球は、投手は球速コンテストなのではありません。
何キロ投げられるかなんて
試合の勝敗に直接関係はないです。

受験も全く同じです。
総合点を取って合格すればいいだけの話です。
個々に何が出来るとか
そういう戦いではないです。
人生も仕事も全く同じです。
数学の天才が世界一のお金持ちでは
ないですよね(笑)

先日
高校生に
計算が遅い、これを
何とか早くする方法はあるか?
と聞かれましたが
それは無理です、諦めた方がいいです
なんせ私自身計算ができません

答えました。
生徒はポカーンとして怒り出しましたが
無理なもんは無理なんです。
計算のピークなんて13歳くらい
そこから17,8になって計算ができるように
なんて無理ですし、
受験に合格するためなら
無駄な努力です。
他のことに時間を使った方がいいです。
計算王になるなら別ですが。

人間、自分のキャパで生きるしかないんです
でも工夫や頭を使えば戦えるもんなんて
いくらでもあるんです。
勿論努力は最低限必要ですが。

生徒のキャパの中で工夫で奇蹟を起こす
これがプロ家庭教師のお仕事で
生徒の脳を
移植で性能アップしたかのようにするのは
私の仕事ではありません。
ですから
頭をよくすることは致しません
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変わってきたこと、変わらないもの [家庭教師のお仕事]

受験を戦っていくにはどうすればいいのか
そればっかりずっと考えてきました。
結論自体は
今も昔も同じです。
一人一人の状況に合わせて
適切な指導する

でも中身は、どんどん進化しているように思います。
勿論その進化は
経験と試行錯誤の賜物なわけですが。

自分のスキル自体はどんどん上がっているので
それはそれで嬉しいのですが
結構複雑な思いになることもあります。
あの生徒の時、もっとこうしておい方がよかったなぁとか
たとえ結果合格だったとしても
いろいろ思ってしまうんです。
後悔は先に立ちません。
反省は過去の事しかできません。
当たり前では当たり前のことなんですが
なんだか複雑な思いです。

せめて私ができることといったら
その反省を活かして
今の生徒に全力を注ぐと言うことだけなんです。

私の家庭教師としてのスキルはどんどん上がっていきますが
変わらない自分の奥底にだけ沈殿している
思いというのがあるんです。
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推理小説みたいな感じです [家庭教師のお仕事]

受験指導ってなかなか思うようにいかないものです。
ノルマを課して
そのノルマをできるまで帰さない。
自宅学習を徹底管理するのが大切だという
塾も最近はあるみたいですが
そんな単純なものでもないんですよね(笑)

生徒の考え方といいますか
問題のアプローチの仕方を
しっかり見て
それを解けるような思考に導かないと
いけません。
しかし、その方法は一人一人違って
生徒独特の考え方が邪魔をしているときもあり
最終的にどうしたら生徒が正解を導ける考えに
至ることができるか
それを突き詰めないと駄目です。

一番必要なのは経験です。
個人個人違うとはいえ、ある程度の類型化というのは
できます。
それが先入観となり邪魔をする場合もあるのですが
まずはその範囲で探すと
答えが見つかることが多いです。

こういう作業が
一番楽しくもあるんです。
推理小説みたいな感じです。

使命感 [家庭教師のお仕事]

この仕事をしていますと
何よりも使命感を強く感じます。
生徒の人生がかかっているんです。
それは非常に重いです。
生徒本人が自分の人生の一年の重さを
感じてくれてない場合もありますが[あせあせ(飛び散る汗)]
若いうちの一年というのは
非常に価値が高いです。
今しかできないことが
沢山あります。
それは
年を取った私だから切実に感じることなのかも
知れませんが
生徒にもそれを何とか強く感じて欲しいと
思っています。

人の一生は短いです。
終わりも決まっていません。
いつどんなタイミングで終わりを迎えるか
わかりません。
急に終わりが近づいてきたとしても
後悔のない人生を送って欲しいです。

私はもう40年
生きました。
結構満足感は高いです。
まだ、成し遂げられていないことが
いくつかありますが
それを残りの人生でしっかりやっていきたいですし
これからの時代を担う若者をしっかり
育てていきたいと思います。

時々
ふと自分の仕事の責任の重さに
怖くなることすら
あります。
間違えは許されません。
自分の全能力を発揮して
しっかりやっていきたいと思っています。

怖さ [家庭教師のお仕事]

何だか
最近めまいがひどく
昨晩も眠れなかったです。
立ってるより
寝てる方がひどくなるんです。
私の場合、椎間板ヘルニアで座ってられませんので
立ってるしかなく、それで寝るには立ち寝を
覚えるか、身体を釣って立ったままでも
眠れるようにするしかないです。
まあそんなのすぐに出来ませんよね(笑)

何だか疲れが溜まってるのかも
知れませんね。
生徒の状態や力
受験までにどんな力が必要かは
多分誰よりも私が正確に分かってると
思います。
もう16年くらいやってますしね。
分かってしまうだけに
余計にストレスを多く感じます。
知らない方が気楽にできるっていうことは
ありますよね。
若手がベテランを勢いで負かす、みたいな。
経験を経て分かってしまうから
感じる怖さや、プレッシャーがありますよね。
私も年々こういう「分かってしまう怖さ」と
戦わなければならなくなりました。
でもこれに勝つのが本当の強さなんですよね。
勢いでやるべきことをさっと何も考えずに出来ていた頃と
違って判断する材料が増えて迷うことが増えます。
でも、それを考え抜いて考え抜いて
様々な感情に打ち克ってこそ
本当のプロなんだと思います。
そういうプロ家庭教師になりたいです。


教える難しさ [家庭教師のお仕事]

改めて最近思うのですが
教える、というのは難しいです。

私が最短距離の方法で
もしくは
覚える量を減らすために
適用範囲が広い方法を
教えても
それが生徒にとって
分かりやすい
という訳でもない
ということが
以前より多くなってきたような
感じがします。
今年、たまさかそうなのかも知れませんが…

結構
今まで
こういうことで悩むことは
ありませんでした。
自分でいうのも何んですが
結構、分かりやすい方法で教えて
いるんです(笑)
それで人気を博してきた面もあるのですが…
今年はそうもいかないと言いますか…
普通に私から見たら面倒で分かりにくいですし
それで受験の時に対応できるのかな?
と、思うような方法で
教えて欲しいみたいな要望も受けるようになりました。
それはそれで勿論構わないのですが
その先の応用問題やら、想定される問題を
その方法の延長で解けるのかな?
今ちょっと分かりにくいかも知れないけど
頑張ってこの方法で理解した方が最終的にお得だという話は
します。

それで納得してくれたり
してくれなかったり
年齢的に難しい時期なんですよね(笑)
自分のこだわりみたいなものを
持っていて壊したくない人もいますし。
そういう場合
私は自分の方法をゴリ押ししたりは
しません。
そもそも私が考える方法が万人にベストで
あるはずもなく
人に言われるより自分で納得した方が
納得のいく場合も多いからです。

素直な子なら嬉しいのですが
そんな子なかなかいません(笑)
受けてきた教育のバックグランドの違いも
大きいです。
色々難しいです、ふーっ
でもまあ
難しいから楽しいんですが。

私にとってのプロ家庭教師 [家庭教師のお仕事]

一つのことをずっとやっていると
それが様々な意味を帯びてくることがあります。

以前テレビで囲碁棋士の方が
囲碁は芸術だと言っておられました。
でもきっと
最初は楽しくて始めて
だんだん
知的喜びや、負けた悔しさ
ゲームとしての奥深さなどを感じ…
様々な捉え方、変遷を通じて
芸術だという考えに至ったのだと思います。

このように
あることを続けていると
その自分にとっての意味が変容してくる
ということがあります。
これは良くも悪くもです。
最初は楽しかったのに段々苦痛になるとか
仕事になるとか、義務になるとか。
ことではなくて、人間関係もそうでしょうし
物だってそうです。
最初は普通の物でも、やがてゴミになったり
骨董品として価値がでたり
宝物になったりするんです。

プロ家庭教師に私がなったのも
最初はそれほど積極的な理由からでは
ありませんでした。
私の場合
17年くらい前は
身体の調子が異様に悪く
めまいやら何やらに襲われて
いつ具合いが悪くなるか
わからないという状態でした。
そんな中でどこか会社に入ったり
(予備校等もそうですが)
すれば、色々急に休んだり
多大なるご迷惑をかけると思ったんです。
そんな中で生きていくためには
自営業でやるしかなかったですし
肉体労働も無理でしたので
家庭教師で何とか当面の間
凌ぐことができたら

思ったんです。

まあ、集団授業より個人指導の方が
効率がいいだとか
色々な理由もあります。
個人的な願望、夢ですね。

でも
自分でやりたいことができるのは
最低限自分の生活が保障できる状態での
話で、とにかく生きないとどうしようもないわけです。

ですから
きれいごと無しにプロ家庭教師になった理由というのは
これしかとりあえず生きていく方法が
なかった
ということです。
少ない労働時間でそれなりに稼げるんじゃないか。
具合いが悪くても我慢がきくんじゃないか。
かける迷惑も最小限に済むのではないか。
もう生きていくためには好き嫌いなんて
言ってられないわけです。

何年かして、もし体調が良くなれば
他の仕事をしようと思ってたんです。

私は自分で考えるのは好きでしたが
人に説明するのは鬱陶しくて嫌でした。
先生というのは一番なりたくない、退屈な
仕事だったんです。
学生時代、先生は基本嫌いでしたしね(笑)
塾の先生なんて退屈の極み
ああいう仕事には着きたくないと思う
NO1だったわけです。

そんな私が今やプロ家庭教師を始めて17年目…
体調も良くなりましたし
色々今まで大学等からの
お仕事の誘いもありました…
好きな仕事をするチャンスがあるわけですが
プロ家庭教師を続けています。
そして、これからも許される限り続けようと思います。

それは
私の中で、様々な考え方の変化や
家庭教師の面白さ、やりがいなどを強く感じられる
ようになったからです。
今となっては、
生徒の人生を変えて見せる!という使命感さえ感じます。

何で
こんなに考え方が変わったのか?
それは素晴らしい生徒たちに出会い
自分のためだけでない
誰かのためになる尊さみたいなものを
教わったからだと思います。

昔の私なら家庭教師なんてなっていません。
でも
今の私なら
もう一度生まれ変わっても家庭教師になりたいと
思っているんです。


第一志望について [家庭教師のお仕事]

最近、何だか忙しいです。
やることが
多すぎるせいですね。
当たり前か(笑)

今年は
第一志望合格率が60%だったので
何とか巻き返したいですが…

来年度の第一志望の発表は
皆さん願書を出して
どこの学校を受けるか
決まった時点で発表しようかと
思います。
まだ明確に決まってない生徒も
いますし…
私が勇み足で発表しても
昨年度みたいに
実際は願書も出さなかったのに
第一志望(私の中で)不受験=不合格
となるのは厳しいです。
私は第一志望を決めて貰った方が色々と
逆算できて助かるのですが
人によっては、実力の伸び過去問を色々やってみて
適性をしったり、学校説明会に行ってみたり
進路相談をしたりして
決めたいという方もいます。

それをゴリ押しで
ブログに書くから教えてくれ
授業をしやすいから
決めてくれ
というのもおかしな話で
その結果昨年度みたいに
受けない第一志望
みたいな不思議な学校が出ても
困りますので
今年度は皆さんの志望が固まってから
一斉に発表しようかと思います。

プロ家庭教師の仕事で出来ること [家庭教師のお仕事]

人生は
自分を作る、ということだと
思います。
どんな自分でいたいか、ありたいのか
(個人的なあり方と社会的なあり方)
それが究極的な人間の欲望では
ないでしょうか。
どんなお金持ちも
最終的には名誉が欲しくなるのも
このせいだと思います。

人間は長寿を望むものです。
望むようになるものです。
実際に長生きはせずとも
自分の人生より長く
社会的な存在として残りたいと
思う欲望が育まれていきます。

私くらいの年代になりますと
色々考える訳です。
どうやって、未来の人に
私が学んだことを伝えるか。

親子として伝える
という方法もありますが
ある程度距離感があった方が
伝わりやすいという側面もあります。
親子だから素直に話せないことも
あるんです。

そういう欲望と
私の仕事が
ある年齢を超えてから
マッチしてきた感じがします。
この仕事ならば
何かを次の世代に直接伝える
ことができる訳です。
そう考えられるようになってから
プロ家庭教師という仕事は
私にとって意味深いものになってきたんです。
しかも、生徒との付き合いというのは
1年か2年くらいのものです。
期限があります。寿命みたいなものです。
その中で受験指導をしながら伝えられることは限られて
いる訳です。
その制限の中でどれだけのことができるか
考えるだけでもワクワクするんです。

追伸
そういえば、先ほどコメント全消去を
しようとしましたら
まだご応募頂いている方がおりますが
3月12日の記事にありますよう
今年度は募集は終了になります。
メールでの質問等にもお答えいたしませんの
でご理解頂ければと思います。
何かで生徒の指導が途中でできなくなった場合に
欠員募集をするだけで
もう朝から晩まで一週間埋まっており
何もなければ募集はございません。

いろいろ助かってます [家庭教師のお仕事]

何だか
昔は結構ひどい時期もあり
ルールを作らなければ
ならない時期もありましたが
最近はどのご家庭も
いろいろご協力頂き
快適に仕事をさせて頂いています。
色々素早く対応してくださいます、
今年の生徒のご家庭は。
非常に助かっています。

しつこいですが
今日も1日寒くて
ついにマフラー復帰です!
復帰…うーん
実はもう
使わないだろうと思って
クリーニングに出してしまったんです。
ですからもうこれで
来年まで使うまいと思ったんですが
寒さに耐えきれず使うことにしました。
もう一回クリーニングに持って
いかなきゃいけないですけど

完全な判断ミスです。
本業ではミスのないように
気をつけます!

授業中、敬語ではなくてもいいです [家庭教師のお仕事]

私は中学高校と
バリバリの野球部で
1歳年上は神様のように思え
と言われて来ましたが…

そんな私が言うのもなんですが
授業中は
敬語で話さなくても別にいいです。
敬語が話しやすければ
それでもいいです。
理解することにすべての集中をして
欲しいですし
疑問があるときは
間髪入れずに言って欲しいです。
自分の意見はドンドン言って欲しいです。
そういう時は
敬語を使いなれている人は
それでもいいですが
使い慣れてない人は普通でいいです。

私も
色々な生徒がいます。
小学生には
親しみを持つように
普通に話しますが
社会人の方には敬語で話しています
いるつもりです(笑)
…と言いますのも
疲れてきたり
色々な学年を教えていると
そして授業が乗ってくると
もう私も言葉づかいなんて気にして
られないんです。

私の授業は生徒の能力アップの
ためにすべてはあります。
ですから、そのために
普通にしゃべってくれて大丈夫です。
敬語の練習は
私の授業以外のちゃんとした大人に
ちゃんとした場所で
やってくれればOKです。
私なんか敬意を払われる対象でも
なんでもないですから(笑)
全然気にならないですし
むしろ敬意なんて払われたくないです(笑)
実務上
たどたどしい敬語で
言われる方が私もサッとその内容が
入って来なかったりもします。

まあだからと言って敬語禁止ではないです(笑)
私も使うこともありますし。
授業以外の雑談は敬語でもOKです。
一言で言うと
私の授業では言葉使いは気にせず
数式使いの方を気にして欲しいです。

数式使いの悪い生徒には
怒りますよ〜(笑)

社会不適合者 [家庭教師のお仕事]

昨日は帰宅後
着替えをしようと和室に行きましたら
パタリ
と倒れて
夜中までねてしまいました…
そこから二度寝をしようと頑張りましたが
15分で諦めました。
そこから
ずっと起きて
このまま仕事に行きます。

受験が終わった後も
ほぼ継続して忙しい日々が続いており
昨日は12時間授業がありましたし
新規の生徒の授業もスタートしています。
あと一軒、新規の面談も残っていて
その授業は始まっていないですが
早くスタートは切りたいです。
授業を始めても、すべての科目で生徒の状況をしっかり
肌感覚としてつかむまでには数か月単位で
時間がかかります。
そのためにも少しでも早く授業はスタートしたいんです。

こんな感じで
受験から切れ目なく働いていると
結局休みがなくなります。
家族にも迷惑をかけます。
好きなことを思い切りやらせてもらって
申し訳ないです。
いつも贖罪の気持ちを忘れず
日々過ごしております[猫]

今年度は
それでも一日10時間を超える曜日は週に三回しかないです。
勿論
これから受験が近づいたりなんだりして
追加授業を希望されたりなんだりして
そこが更にぐいぐい埋まっていったりするんですが…[たらーっ(汗)]

まあ
私の場合
こんな言い方は本当は良くないかもしれませんが
(履歴書にも書かないようにしていますが)
趣味:授業
なので
楽しい疲れが基本なんですが(笑)
遊び疲れた子供みたいな、感じで毎日帰ってくるわけです
歩きすぎて足腰が痛くなり
書きすぎて右手が痛くなり
喋りすぎてのどが痛くなり…
満身創痍の帰還ですが、楽しい疲れではあります。

勿論
仕事なので嫌なこともあります。
細かい計算を沢山やるとか
思ったように授業が進まないとか
生徒が暴れだすとか(笑)
あと、事務的作業全般に嫌です(笑)
OLには成れないタイプです、うん。
料金表の作成とか、授業の日程を調整したりとか
振り込みの確認で頻繁に銀行に寄るとか
(最近はすぐに振り込んで頂けるご家庭が増えたため
確認の回数はかなり減りました
&料金の締め切りを25日→15日に変えたため
負担はかなり軽減しましたが、昨年くらいまでは
辛かったです)
数時間におよぶ大量コピーだとか…正直言って苦手です。

でも
いろいろな問題を抱えた生徒が
力をつけて、成長していく様を隣で
見られるというのは
本当に幸せなことです[ぴかぴか(新しい)]

多分
生徒自身は日々のことですし
自分のことなので
わかりにくいと思いますが
一年で人は激変します。

そういう達成感があるので
日々ヘトヘトな私も
この仕事をやめられないんです。
これはもう中毒ですかね(笑)
授業中(じゅぎょちゅう)

今日も一日
頭の中で生徒にあれを教えて
これを教えて
こういう問題をだして
生徒の頭の働き方をみて…
想像しながら
電車移動をして授業をしてきます。
この想像も楽しいです。
移動時間が短く感じます。
生徒から妄想し過ぎの
変態だと言われましたが(笑)

まとめると
私は「授業中毒で、普通の事務的作業はやりたくない
妄想癖のある変態」
ということになります[がく~(落胆した顔)]
これは完全な社会不適合者ですね(笑)
字面だけみると、時が時なら刑務所にいたかも知れません。
家庭教師のお仕事があって良かったです[手(チョキ)]

プロ家庭教師は難しいです [家庭教師のお仕事]

受験って
大変だなあ

やればやるほど
思います。

自分では解決できない難問

人生にも
沢山ありますよね。

いじめとか
大きく言えば
差別や戦争とか


プロ家庭教師をやって
生徒を合格させる
というのは
そういう難問に似ているのかも知れません。
これを解こうという
発想自体に問題があるのではないかと
思うんです。

まあ…でも
挑み続けるしかないんですよね
きっと答えにたどり着けなくても

あまり
考えすぎると精神がやられてきますので
無になって頑張ればいいんですよね…
頑張ります。

全教科を教える大切さ [家庭教師のお仕事]

受験というのは総合的な
マネージメントが必要です。
ですから
家庭教師や指導者というのは
出来る限り全教科見れないとダメです。

東大理三や京大医学部も
私は全教科教えられるこそ
合格させることができたと
今でも思います。
全教科丸投げしてもらった方が
本当は私もかなりやりやすいです。
無論、時間やお金の制約があって
医学部以外ではなかなか
それは難しいのですが…

もし
仮に数科目だけ教えるとしても
一応他の科目の進捗具合を聞いたり
出来る範囲内でのチェックはします。

受験というのは
結局総合点で何点取れるかの勝負です。
そのための最適な戦略というのは
全ての科目を総合してみないと
立てられないです。

一教科だけ教える場合にも
独りよがりになってはダメです。
宿題を大量に出す先生が
学校等でいますが
その先生は本当に生徒のことを
考えているとは言えません。
その大量の宿題が
いかにその生徒の勉強バランスを崩しているか…
自分が教えている教科だけ
沢山勉強させれば
確かにその科目はできるようになり
その科目の先生の評価は上がります。
それで教える側としては満足
その家庭教師を依頼されたかたも満足
だけど受験は落ちる
ということになります。

「数学は出来るようになったのに…
残念だったね」
これほど馬鹿げた結果はありません。
勉強の時間配分を
もっと教える側が考えれば
合格できていたかも知れないのに…

いかに全体を見て的確なアドバイスができるか
そのためには教える側に全教科を
教えられるスキルが必須だと思います。

プロの世界と生徒に望むこと [家庭教師のお仕事]

プロ家庭教師とは何か?
色々な定義が考えられると
思いますが
私は第一に結果を残すことだと
思います。
結果というのは
第一志望に合格すること
生徒の夢を叶えることです。
これができなくなったら
自ら廃業します。
生徒や親御さんからは
私の能力ならそれでも生徒は
集まるし
安泰じゃないかと
言われることもありますが
その考え方は嫌いです。
プロではないと思います。

私はプロ家庭教師という
仕事が大好きです。
つらいこともありますが
大半が楽しいです。
ですから
できる限りこの仕事を続けたいです。

でも
続けたい
だけでは続けられないのが
プロの仕事なんです。
結果を残さないの来年の仕事はないです。
どんなプロでもそうだと思いますが。

私は自分の人生の時間をかけて
この仕事をしているんです。

来年になったら新規の募集をしますが
募集される
最低条件として
覚悟を持って欲しいです。
努力する覚悟、戦う覚悟です。
それがあれば
現在の実力がどうであれ
志望校のレベルがどうであれ
お引き受けします。

ときどきいるんです。
高3生とか浪人生で
私と長いつきあいになりますね
とか
二年計画、長期計画でやることを
希望される方が
「のんびりやってくださっていいんですよ」
みたいなことを
親切心からなんでしょうが
おっしゃってくださるかたが

こういうのは洒落になりません!!!
私は毎年第一志望合格率を
100%にするために身を削って
戦っているわけです。
生徒も親御さんも同じような
覚悟、目標を持って戦って頂けなければ
夢なんて叶うものではありません。

どんな学力でも
成績でもいいですが
最低限
やる気と覚悟は持っていて欲しいです。
私には生徒をやる気にさせる力は一切ありません。
論理的に説得して勉強をやらせることもできません。
勉強は好きな人がやるもので
強制させる合理的理由なんてないからです。

生徒の成績 [家庭教師のお仕事]

人それぞれ考え方はあるかと
思いますが
私は
生徒の模試の結果や成績
それはイコール
私に対する評価だと考えています。
私がしっかり教えてないので
生徒ができないのだと思っています。

もちろん
私がやれと言った宿題やら何やら
しっかり勉強してなくて
できない生徒もいます。
考え方によってはそれは生徒の責任だということにも
なりますが
私は心の中では自分の責任だと思って
生徒が成績が悪い痛みというのを強く
感じています。

「心の中で」
というのは
立場上
勉強しない生徒に
成績が悪いのは君のせいではなく
私のせいだ
何て言ったら
余計に勉強しなくなりますよね(笑)
ですから
生徒には言わないからです。

でも…
心の中では
生徒の成績が悪いというのは
非常に辛いです。
自分が不甲斐ないです。
それでも
前に進むしか
その不甲斐なさを解消する方法はないんです。

現実に即した戦い方 [家庭教師のお仕事]

受験というのは
非常に戦略的なものです。
学力があれば合格できる
というわけでもないんです。
様々な要素を総合して
合格点をいかにとるか
という勝負です。

その中で
拾うものよりも
捨てるものの方が多いし
大切だ
というのは
私の受験を15年以上戦ってきた結論です。

誰にでもわかるような
理想のカリキュラム
理想の授業
理想の勉強法
それは勿論私にもあります。
こういう風にすれば
合格する確率を上げることができる
という黄金律みたいなものが

しかし…そんな黄金律
今まで
何人の生徒に適用出来たでしょうか…
それができる理想的な生徒などまずいません。

生徒は十人十色
様々な問題を抱えています。
体調が整わなかったり、集中力がなかったり
宿題をやらなかったり…

それを黄金律に合わせるために
ごり押しでやれ、やれ、やれ
効率が悪くなるから
効率のいい方法でやれ、やれ、やれ

何万回叫んでも
私の声が枯れ、生徒の精神が荒むだけなんです。

これは
少し人生で考えてみればわかります。
人生で成功する黄金律
そんなものをできるひとは100万人に一人もいないわけです。
それぞれがそれぞれの
問題を抱えながらも、
何とか自分のできる範囲で
成功するようにする。
それが人生というもので、
決まった王道を歩ける人など
皆無なんです。
受験も同じです。

できないことを嘆くよりも
できる一つのことを百にしよう

というのが
私の基本的なスタンスです。

長所を活かせば
短所があっても合格できるのが受験なんです。
合格点は満点ではありません。
満点は必要ないんです。
それぞれが
それぞれの登り方で合格を目指せばいいんです。

ですから
私は生徒の最低限の無理強いしかしません。
基本的に生徒のやりたいようにやらせて
その中で要所要所は締めて
その中で最適解を見つけていくんです。

今、ある現実から目をそらして
理想の方法を目指しても
仕方がないです。
仕方がないというよりも
そんなに理想を追求しすぎなくても合格はできるんです。

理想に固執するあまり
ただでさえ
かなりのストレスを抱えている受験生に
さらなるストレスを与えるのは最悪です。
受験を離れても残るような
精神的な何かを残してしまいます。
そこから合格後、大変なことになる
というのは
この業界あるあるです。

基本的に
怒ったり、極度な無理強いしなければならないのは
教える側の努力が足りないというのが大きいです。
勿論
志望校のレベルと現状を照らし合わせて
最低限の無理というのは
あります。
しかしそれは
志望校を立てている
生徒本人とよく話し合って納得してもらえば解決します。

自分の型を
生徒にゴリ押しで押し付けると
まず失敗すると思います。
もし、その型が生徒に本当に必要なことならば
遠回りでもいいので
沢山の躓きを経験させるです。
それに
よって生徒が心から
自分の型、レールに乗ってくれるのを
待つしかないんです。

待つ
これが本当に大切で難しいことです。


受験の難しさ [家庭教師のお仕事]

勉強というのは計画的にネットワークを作っていかないと
できるようにはなりません。
問題に対して
正しいレスポンスができるか?
そこで
解けるか解けないかが決まってしまうからです。

受験の問題の場合
最難関校でも
それほど発想力が必要だったり
異様に大変な思考力が必要だったりすることは
まずありません。
ですから
特別な才能がなくても
基本的に普通の頭なら問題を解けるようになるんです。
それが受験のいいところでもあります。

ただ
ネットワークを張っていくのに
得意不得意というのが
あります。
それによってネットワーク自体を変えることも
あるのですが
どうしてもそこの網が必要な場合
しっかりできるまで
何度も何度もやってもらうことに
なります。
その単純作業に耐えられるか
というのも受験の大切な要素でもあります。

もし
生徒が言ったことをしっかり実行してくれる機械であれば
東大受験でさえ
誰でも合格させられるくらいの
ノウハウを私は積み上げてきたと自負しています。

ところが
現実はそうはいかないんです…
人には色々な精神的なもの、体調、イベント…
勉強をふつうにできない要素というのが
仕組まれています。

結局
受験というのは頭の善し悪しよりも
性格的なものに最終的には還元されると思います。
どんなに頭が良くても
忍耐強い正確でなければ
地道に問題を解決していくことはできないですし。

それを考えると
受験はより難しくなるんです。
生徒の性格や、その時の考え方に合わせて
最短距離を模索しなればならないからです。

毎年、今年も
悩んで悩んで
何とか進んでいます。
人に泰一志望に合格させる力をつけさせることは
本当に難しいです。

授業準備にめどが立ちました [家庭教師のお仕事]

今まで授業準備にたっぷり時間がかかっていましたが
大体おおまかに
受験までの準備は終わらせてしまいました[手(チョキ)]

ただ
これから授業をやっていくなかで
色々不足があったり
プリントを作ったりということは
あるので
完全に終わったわけではないんですが[たらーっ(汗)]

まあ
これから
今もそうですけど
一日に鬼のように沢山授業が入っています。
朝から晩まで
これを全部こなして
準備をして
となったら確実に倒れますので

この11月くらいからの
地獄の忙しい時期に
授業だけに専念できるように
実は毎年
早めに準備をしています。
そして
大方のものは終わらせてしまっているんです。
少なくとも
移動時間を使ってまで準備しなくていいように。

この作戦のおかげで何とか
仕事ができています[手(チョキ)]

百薬の長 [家庭教師のお仕事]

なんだか昨日
めまいがひどくて苦しかったのですが
授業をしていたら
楽しくて
どんどん回復して
よくなりました!

不思議ですが
いつも
そんな感じです。
授業は百薬の長なのでしょうか(笑)

まあ
しばらくは
めまい発作がでる可能性が
高いと思いますので
あまりはしゃぎすぎないように
気をつけたいと思います。

もうすぐ
受験です。
生徒の顔を随分引き締まってきました。
生徒も
かなりのストレスと緊張を感じていると思います。
それを和らげる薬
百薬の長は
授業でしっかりと力をつけてあげることだと思います。

しっかりプロ家庭教師のお仕事を果たしたいです!!

プロ家庭教師の現実 [家庭教師のお仕事]

この仕事
特にプロ家庭教師をやったことが
ある方ならば
分かって頂けると思いますが…

まあ
そんな人は少ないですか(笑)

それならば
想像していただきたいのですが(笑)
この仕事は
尋常じゃないプレッシャーとストレスを感じます。

まず
プロ家庭教師は責任の所在がはっきりしています。
生徒が第一志望に落ちれば私の責任なんです。
予備校とか塾だとそんなことはないですよね。
私も教えていたからわかりますが。
数学を教えていたとしたら、集団授業ですし
受験は沢山教科がありますから
数学はできたけど、他の科目が出来なかったから
落ちたのかな、とか
色々言い訳はつくわけです。
責任の所在がはっきりしません。
豊洲移転問題みたいなものです(笑)
ところが
私以外私じゃないですし
私の責任なんです。
当然ベッキーの責任でもありません(笑)

そういう責任感なら
プロ野球選手とか個人競技の選手、芸能人等も
自分自身に責任がある場合が多いので
同じような感じがしますが
彼らは自分でプレイできますよね!
羨ましいです(笑)
私の場合、生徒を遠隔操作して合格させないといけないんです。
自分でプレイする、つまり自分で受験すれば
楽で楽で仕方がありません、精神的にも。
それを
生徒という人間、機械ならプログラムを与えれば
それを高い確率で実行してくれますが
生徒という人間では
全然思うようにいきません。
思うようにいかない中で色々考え考え進めていくわけです。
経験と勘が頼りの世界です。

それでも達成しやすい目標ならばいいです。
しかし
世の中でプロ家庭教師を頼もうなんていう人で
そもそも楽に第一志望に合格する
なんていう人はいないんです。
皆さん、何かしらの奇跡を期待されて頼まれるんです。
ですから
私が立ち向かう目標というのは
とてつもない高い山なんです。
第一志望は私の方から一切口をだしたことはなく
どこどこにいきた~~~い!!!
という
タクシー運転手でも叶えられない場所に
私は生徒を連れていかなければならないんです。
駆け込み寺的にプロ家庭教師はあるんです。
そりゃあ楽なわけはありません。
毎年毎年血を吐くのではないかというぎりぎりの戦いです。

なぜか、私がそれでもそれなりに実績を残しているから
なのでしょうか?
ふつうに優秀な生徒を集めてやっている、受かりそうなところを
受けている
と思われている方が
年度の最初の面談等でもいらっしゃいます。
自分で勉強して受かりそうな人はプロ家庭教師は頼みません。
普通。
そして勉強ができる人でも
今の実力よりも天空レベルの学校を目指される方が多いんです。
まあ、過去15年で二件くらいです。
もろもろの事情で第一志望が楽に受かりそうだなあと思ったのは。

私の今までの生徒
誰に聞いても構いませんが
私は私の意向で生徒のレベルに合わせて
第一志望を提案したことはありません。
それは
生徒がやる気になる、本人が行きたい学校が一番だからです。
行きたい学校、夢の学校
それが第一志望になるんです。

あと
私はブログをやっています。
ですから基本的によっぽど生徒や親御さんから反対を
受けない限り
生徒の志望校や結果はブログでさらされますし
生徒の親御さんも最近は大体ブログを読まれてますので
全てが白日の下にさらされるんです。

そんな中で
今年は第一志望合格率0%でした!
なんてことがあろうものならば
次の年は生徒は集まりません。
これが個人営業の怖いところです。
このプレッシャーもあります。

こんなことを考えていては
当然夜も眠れないわけです。
何時に寝ても五時に起きてしまいます(笑)
月曜日から土曜日までで
平均15時間くらいしか眠れないわけです。
気持が昂って。
まあ
日曜日に昼寝、昼寝、昼寝で
10時間くらい総合で眠れますが(笑)


第一志望合格率は大体76~78%くらいを
行ったり来たりしています。
これを何とか80%にしたいのですが
中々うまくいきません。

今年は皆さん難関校です。
中学受験 麻布
高校受験 筑駒
大学受験 東大医学部
     京大医学部
     東大
と五名です。
現時点でも、そして年明けでも
この子は受かりそうだなあ
なんて余裕は絶対にないです。
むしろ
毎年
いつも
全員落ちちゃったらどうしよう
何とかしなきゃ
何とかしなきゃ

受験を乗り切っているんです。

口笛でも吹きながら
スマートに
軽く実績を残して[るんるん]
なんていう楽な仕事ではないです。
私がどんなに頑張っても、頑張っても
その頑張りは直接反映しません。
生徒が頑張ってくれないとどうにもならないんです。
その頑張りに私も毎年かけているわけです。

今まで実績が残せたのは
本当にこの生徒の頑張り以外の何ものでもないんです。
私は直接何もできませんから。
そういう意味では優秀な生徒に恵まれてきました。

プロ家庭教師は
汗まみれで
ドロドロのブラックな仕事なんです。

生徒の考え方を診る [家庭教師のお仕事]

家庭教師の仕事として
大切なのは
生徒の頭がどういう風に働くかを診ることです。
これは答案だけではわかりません。
答案は結論しかわかりませんし。

どういう過程で考えているのか
この辺でどういうことを考えたか
思考過程が私に直接
わからない場合は生徒に質問をしたり
どのように考えたか話を聞きます。

数学なら数学で
問題を解ける考え方というのがあります。
解ける人に共通した思考の働かせ方というのが
正確ですが。
その考え方を
生徒の頭の中に自然に、自発的にどう構成していくか
それが一番確実に力をつける方法であり
家庭教師のお仕事の根本的な部分です。
結局暗記
つまり知識の押しつけでは
限界があるんです。
その知識をなぜout putできなかったか
その問題を根本的に解決するには生徒の考え方を
診なければならないんです。

私も色々心理学の本を読むことがありますが
表層的に捉えると似ている部分もありますが
本質的に心理学とは違います。
個々人で違いすぎて類型化できません。
傾向というのは分類できるのですが
考え方は過去の経験に依存している部分が大きく
経験は類型化できないからです。

この方法について気が付いたのは
外国人の方を教えるようになってからです。
文化や諸々の違いと共に
大きく経験に依存した思考過程の違いというのを
感じたんです。
その経験によって
受験指導の本質というのは
生徒の思考方法を診て、うまくコントロールしていくと
いうことだと気が付いたんです。

まあ
こんなことを書くと
私の授業は心理テストでもやるのかと
お思いになる方もいるかもしれませんが
そんなことはありません。
見かけは、便利で解きやすいテクニック等を
教えています。
でもその過程において
私が情報を得るための布石をおいてあるんです。
それを授業を進めながら
いわば同時進行的に考え方も見ていくんです。

激務前夜 [家庭教師のお仕事]

すみません。
まだ授業の準備が結構残っているため
今日のブログは挨拶程度です。

明日から11月。
もう完全に
はっきりと
受験の足音が聞こえてきました。
早いものですね。

明日から大忙しなのですが
コートを買っていなかったり
髪の毛を切っていなかったり
何だか普通の生活のことをしていません。

先日
八年くらい使っていた財布の裏側が
パックリ割れた
財布を買い換えましたし、公共料金等の
振り込みやら何やら
色々事務的作業も重なりまして
色々やってはいるのですが
やったと思ったら
新たなやることが生まれ
ニュートン算的にあまり前に進みません。

とにかく受験重視ですから。
それ以外の何かトラブルが起きないことを
祈っています。

西で
誰かが死んだら
お葬式にでなければいけませんし
東で
誰かが病気や事故で入院したら
お見舞いに行かなければならないですし
北で
親族のお祝い事があったら出席しなければならないですし
南で
災害等の国家関係の何かのトラブルがあったら
それに合わせた生活をしなくてはなりません。
自宅で
私が風邪やインフルエンザに罹ったら休まないと
いけません。
これら
ぜ~んぶ困ります!!!!
受験は一日一日が勝負で休めないんです。
無理を承知で言いますが
全ての関係者の皆さん~
皆さんにも何もないようお願いいたします(笑)

プロ家庭教師のストレス [家庭教師のお仕事]

プロ家庭教師のストレスって
なんでしょう?

皆さん
結構生徒のデキが悪いとか
落ちそうだとか
そういうことを想像されるみたいですが
そういうことではないです。
出来が悪いのはそもそも私の責任ですし
受かるか落ちるかは
どれだけ実力がつこうがわかりませんし
このようなことでストレスがたまることは
そんなにありません。

それよりも
私の力で何とかしてあげられないもどかしさや
様々な事情で
私が思い通りの授業等でできず
このまま続けていっても
満足のいく仕上がりにならないんじゃないかとか
そういうものは非常にストレスになります。
自分自身がもどかしいんです。

受験というものを媒介にしていますが
私は一番には生徒の幸せを願っています。
どんな形であれ
生徒に自分の幸せを築ける人生を歩んでほしいです。
それが出来れば極端な話受験に落ちても構いませんし
私が教えないほうがその生徒にとって幸せではないか
と思う時は
私も教えることはありません。

ただ
こういうことは
教えている今
に気が付くのって本当に難しいです。
走り続けている車窓の中から
草むらにある四つ葉のクローバーを探すような
ものなんです。

後から振り返ると
それはそれははっきりとわかります。
この生徒はもう
私が教えない方がいいのではないかとか
こうやって教えておけばよかったのではないかとか
そういう諸々の事実をしっかりと
十分にわからないというのも
情けないですし、悔しいです。
ストレス大です。

あとは個人的に
異様に人混みが苦手ですので
満員電車もストレスマックスです(笑)

ひと相手が故に [家庭教師のお仕事]

この仕事の一番難しいところは
人間が相手だというところです。
相手が人間でなければ
適切なカリキュラムを適切にこなせば
大学には合格出来ます。
特に大人に近づいてきますと
やはり自分で色々決めたいでしょうし…まあ
そういう年頃なんです。
そうなると
私の方で迂回路といいますか
フォローの方法を一生懸命に考えないといけないです。
正直言って
そういう迂回路を考えるのはつらいです。
疲れます。
もうベストの道ではないことが確定した中で選択するのですから

無理やりやらせるわけにはいかないですし
受験というのは本当に難しいんです。

土俵際での粘り [家庭教師のお仕事]

最近は昔に比べてずっと健康になりました。
風邪かなあ
という状態から
なかなか風邪にならず
すっと治ることが増えました。
以前は100%風邪になっていましたが…

風邪の土俵際で踏みとどまれるようになりました。

今回も土曜日の夕方くらいから喉の痛みがひどく
生徒も風邪をひいていましたし
これはもらってしまったか…と思いましたが
葛根湯を飲んでおりましたら
治りました。
今日は非常に元気です[手(チョキ)]

受験でも同じようなことはあります。

私はいつも生徒の解いているところを見ていますが
どんなにできる生徒でも
問題は試行錯誤しながら解くわけですが
できる生徒というのは
土俵際での粘りが違います。
分からなくなった時の粘りが違うんです。

勉強ができない状態の生徒というのは
問題に対して諦めが早いです。
これが初期段階。
そして私が諦めるな、諦めるなと言ってやらせると
その次の段階
諦めてないような感じで手を動かしていますが
その試行錯誤には目的がなく
ただ何となくやっている感じになります。

そして
力が付いてくると
分からない状態から、偶然ではなく
ぬけだせる回数が増えてきます。
こうなると随分力がついてきています。
そもそも
勉強を積み重ねていけば
わからない問題というは減っていきます。
しかし
ボーダーラインという土俵際の勝負で勝てるか勝てないか
本当に合否を分けるのは
この土俵際で粘れるか
という力なのです。
これはテストにおける実戦力と言ってもいいです。

受験というのは
知識をどれだけ身に着けたか?
で合否が決まるのではありません。
総合点でどれだけ点数をとれるか?
で合否が決まるのです。
上手い戦略を立てれば
見かけの偏差値よりも高い学校に合格できます。
その戦術的工夫のようなもの
それこそが
本当に社会に出てから役に立つ力だと私は思います。
そのモデルケースを受験を通して
生徒に示したいというのが
私の指導に含まれた隠し味なんです。

その戦略を生かすも殺すも
生徒の土俵際の粘りというのが
非常に大切になってくるんです。

同業者の方々へ思うこと [家庭教師のお仕事]

私は志(こころざし)という言葉が好きです。
志は
こうしようと心に決めたこと、そして
思いやり、親切という意味もあります。
漢字としても武士の心みたいで格好イイですよね。

時々、次のようなことを
生徒に質問されることがあります。
先生はブログのコメントで
同業者の人に非難されていますが
(そ、そうなのでしょうか…[あせあせ(飛び散る汗)]
その人たちのことを
どう思うんですか?、と。

同業者…と言いましても
人によりますが…
別に非難されるから、嫌い
というようなことはありません。
私も自分の指導方法が全て正しいなどと
思ったこともありませんし
色々な誤りがあるのだと思います。
それに対するご指摘ご批判を頂けるのであれば
有難いくらいです。

私は別に同業者の方々を敵だとか何だとか
思ったことはありません。
むしろ
「志を同じくする仲間」だと思っているんです。
生徒が自分の夢や希望をかなえようと必死に努力する
それを何とか叶えたいと、必死に努力している
同業者の方は
同じ志を持つ仲間として尊敬しています。
そして私も負けてはいられないな[exclamation×2]
と勇気とやる気をもらえるんです。

私は
偏差値の高い学校に生徒を入れたから凄い
云々という
感情は一切抱きません。
合格、不合格は色々な要素で決まるものです。
私の生徒も、今まで東大理三に7名(ブログで指摘されるまで
人数を間違えていて、カウントされずにいた方
ごめんなさい。正直言って私は何人入れたとか
実績がどうとかに対する拘りもそんなにないんです。)
合格してきたわけですが…
それは私が何かやったからという訳でもなく
生徒自身の努力やその他のこと
全てが総合され、最終的に運が良かったから
合格したんだと思っています。
ですから、合格自体を
自分の手柄だと何だとか
そういうことは一切考えていませんので
実績云々も本当は気にしていません。

それよりも
その生徒一人一人の人生を思うわけです。
その生徒にとってベストの選択は何か
それが勉強でない場合もあります。
そう思う時は、そちらの道をどんどん薦めます。
勉強をやめて、芸能界に入った生徒もいますし
色々な生徒が過去にはいました。
私が生徒だったら、どう思うか
例えば医者になりたいのであれば
どうすればいいのか
勉強も部活もやりたい
それではどうすればいいのか
生徒の人生を自分の人生
生徒の志を自分の志だと思って
私は毎日授業をしています。

一人一人の志は違います。
そこに優劣はありません。
実績は評価の対象にはなりません。
私が拘っていることがあるとすれば
第一志望合格率だけです。
生徒皆に第一志望、好きな学校に行って
もらいたいからです。

毎年
第一志望に合格させて
皆で喜びを分かちあいたいです。
それが私がこの仕事を続ける
大きなモチベーションです。
そこに最大の喜びを感じなくなったら
引退しようと思っています。

同業者といいましても
本当に様々です。
私の嫌いなタイプの同業者も沢山います。
うわべだけ整えて、見せかけの授業をし
結局は利益追求主義、それは嫌いです。
生徒から高い授業料をとり、安い教師への給料を払い
その上前をはねるような同業者が少なからずいますが
それは良くないと思うんです。
利益を追求するのであれば
教育業界ではななく
他の業界に行ったほうがいいのではないかと、思います。

どうやったら
その生徒の人生のためになるか
その生徒の人生に何を遺してあげられるか
それを真剣に考え、悩み、迷い、苦しみ
日々闘い続けている同業者の方は
本当には素晴らしいと思いますし
私自身もそうありたいと思っています。









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