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良心とは [雑感]

人間の脳は言い訳を考える天才です。
超サボり屋です。

サボって何もやら無くして
自己を正当化する
自分を納得させる言い訳を常に
考えています。

だから
自己満足度の高い
自分が納得する人生
幸福な人生
なんて
簡単におくれます。
全ては正常であれば脳が
正当化してくれるからです。

本当は自分がなすべきこと
本当は自分がやりたいこと
それができないというのは
identityの根幹に関わる悩みですので
それは脳にとっては
一番の不都合なんです。
脳が提示するのは
その瞬間の脳にとっての快楽です。
その快楽の為ならどんなシナリオでも描いて
見せます。

でも
理性ある人間ならば
そこでちょっと
待てよ、と
もう一人の自分が言う訳です。
本当に
この脳が書いた満足スクリプト
正しいのかなって?
単なる自己正当化をして
本当は楽をしたいだけではないのかな?
って

自分自身を直視しないと駄目です。
一体自分脳は何をしでかそうとしているのか?
それを見ないと駄目です。

そのためには自分を客観視する能力が必要です。
その能力が磨かれているかいないかが
大人と子供の大きな違いです。
大人と子供は年齢で区分されるような
ものでもないです。
肉体的な成長で考えている面が大きいのでしょうが。

自分を客観視して
自分のやろうとしていることは
脳が考えたその場しのぎの
自己満スクリプトじゃないか?
そんなものに流されていいのか?

実はこう問いかける存在こそが
良心というものです。

いいことをやる心が良心なのではありません。
いいことをやっている動機が
脳の考えた自己満スクリプトならば
それは良心などではないんです。

子供には早く良心を持って欲しいです。
良心は当然後天的なものです。
良心を育てることが
教育の本質です。
知識はひけらかすものではなく
自分以外の誰かの見方を知る材料です。

相手の立場
逆の立場、様々な立場で
ものを考えられるのか否かが
良心を持っているか
持っていないかです。
この過程に自己満スクリプトの
介在する余地何てないです。
自己満スクリプトさえ客観視される
からです。

それが
これからの時代
人間が人間たる理由を問われる時代に
最も重要なものになると私は思います。

それが
私が教育に携わっている本当の理由だと
良心を持って断言できます。