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私にとってのプロ家庭教師 [家庭教師のお仕事]

一つのことをずっとやっていると
それが様々な意味を帯びてくることがあります。

以前テレビで囲碁棋士の方が
囲碁は芸術だと言っておられました。
でもきっと
最初は楽しくて始めて
だんだん
知的喜びや、負けた悔しさ
ゲームとしての奥深さなどを感じ…
様々な捉え方、変遷を通じて
芸術だという考えに至ったのだと思います。

このように
あることを続けていると
その自分にとっての意味が変容してくる
ということがあります。
これは良くも悪くもです。
最初は楽しかったのに段々苦痛になるとか
仕事になるとか、義務になるとか。
ことではなくて、人間関係もそうでしょうし
物だってそうです。
最初は普通の物でも、やがてゴミになったり
骨董品として価値がでたり
宝物になったりするんです。

プロ家庭教師に私がなったのも
最初はそれほど積極的な理由からでは
ありませんでした。
私の場合
17年くらい前は
身体の調子が異様に悪く
めまいやら何やらに襲われて
いつ具合いが悪くなるか
わからないという状態でした。
そんな中でどこか会社に入ったり
(予備校等もそうですが)
すれば、色々急に休んだり
多大なるご迷惑をかけると思ったんです。
そんな中で生きていくためには
自営業でやるしかなかったですし
肉体労働も無理でしたので
家庭教師で何とか当面の間
凌ぐことができたら

思ったんです。

まあ、集団授業より個人指導の方が
効率がいいだとか
色々な理由もあります。
個人的な願望、夢ですね。

でも
自分でやりたいことができるのは
最低限自分の生活が保障できる状態での
話で、とにかく生きないとどうしようもないわけです。

ですから
きれいごと無しにプロ家庭教師になった理由というのは
これしかとりあえず生きていく方法が
なかった
ということです。
少ない労働時間でそれなりに稼げるんじゃないか。
具合いが悪くても我慢がきくんじゃないか。
かける迷惑も最小限に済むのではないか。
もう生きていくためには好き嫌いなんて
言ってられないわけです。

何年かして、もし体調が良くなれば
他の仕事をしようと思ってたんです。

私は自分で考えるのは好きでしたが
人に説明するのは鬱陶しくて嫌でした。
先生というのは一番なりたくない、退屈な
仕事だったんです。
学生時代、先生は基本嫌いでしたしね(笑)
塾の先生なんて退屈の極み
ああいう仕事には着きたくないと思う
NO1だったわけです。

そんな私が今やプロ家庭教師を始めて17年目…
体調も良くなりましたし
色々今まで大学等からの
お仕事の誘いもありました…
好きな仕事をするチャンスがあるわけですが
プロ家庭教師を続けています。
そして、これからも許される限り続けようと思います。

それは
私の中で、様々な考え方の変化や
家庭教師の面白さ、やりがいなどを強く感じられる
ようになったからです。
今となっては、
生徒の人生を変えて見せる!という使命感さえ感じます。

何で
こんなに考え方が変わったのか?
それは素晴らしい生徒たちに出会い
自分のためだけでない
誰かのためになる尊さみたいなものを
教わったからだと思います。

昔の私なら家庭教師なんてなっていません。
でも
今の私なら
もう一度生まれ変わっても家庭教師になりたいと
思っているんです。


五月です [雑感]

もう五月になりますね。
受験に向けて頑張っていきたいです。
暖かくなってきましたし
肋骨激痛期は過ぎたと思います。
寝返りや咳で痛くて起きてましたが
今回は痛み止めを飲まずに耐えてみました。
実験です(笑)

そろそろ眠いので
眠る準備をします。
おやすみなさい

ああ
ギガがついに超えてしまいました。
あと1日の辛抱なので我慢します。

ちょっとしたtrip [雑感]

何だか
遠くの景色を見るのが好きです。
車窓からでも
高いところからでも

街並み

遠くから眺めながら
そこに暮らす人々
その人々の人生を想像するのが
好きです。

雲の時間変化を
見るのも好きです。
こちらは物理学的理由ですが
コンピュータシミュレーションでも
難しいんです。
雲の動き
しかもミクロ的な動きを考えるのは
無謀ですが
どういう方程式が
近い状態を表せるのか?
そういうことを考えるのも好きです。

景色を見ながらちょっとしたtripです。

ヘビメタ [雑感]

3日前
満員電車でまた酷い目に
合いました…

まあ混んでいて誰も動けないので
仕方がありませんが…
揺れに合わせて
目の前にいる
おばちゃんが
ヘビメタばりのヘッドバンキング
私の肋骨に浴びせてきたんです。
ちょうどそのタイミングで
後ろから押されたこともあって
ゴー〜ん
と鈍い音を立て
強く衝突してしまいました。

おばちゃんは
アウチっ
みたいな言葉をあげて
1人笑いをして謝って
きましたが
私は声が出ないくらい痛かったです。

それから
息を吸うのも痛いですし
笑ったり、歩いたり
常に肋骨が痛いです。
移動で乗り換えスーパーダッシュができません[もうやだ~(悲しい顔)]

ここで良い子の皆さんに
物理の基本的な説明です。
おばちゃんの頭と私の肋骨
力学的には作用反作用の法則で同じ力が
働くはずですが
おばちゃんが笑ってて、私が痛くて
声が出ず、油汗が出てくるくらい
なのは何故?
その答えはおばちゃんの頭が石頭だからです。
プロレスの頭突きは頭の硬さ比べなんです(笑)

うー痛いです。
夜、咳寝返りで目が覚めます。
ヒビが入ったかもしれませんが
とりあえず湿布で我慢しておきます。
まあ一週間くらい耐えれば治ると思います。

それにしても
満員電車は危険がいっぱいです。
皆さん、背が高い方が満員電車で楽だと
思われているかもしれませんが
そんなことはないです。
見えないパンチや頭突きが飛んできます
近距離で。
前にブログで書きましたが、昨年は長い爪パンチ
を受けて花を切りましたし
一昨年は顎下から頭突きをされて舌を噛みました。

これ以上大きな怪我をしたくないので
気をつけたいですが
気をつけようもないです。
小池都知事に早くラッシュをなくして欲しいです!

ひとすじの光 [雑感]

もうすぐ4月も終わりですね。
新規の生徒も結構授業数をこなしてきて
いろいろと状況がわかってきました。
私の場合、受験に関していろいろな経験があるので
今の状況からどれくらい大変か
いやというほどわかってしまいます。
もちろん受かるか落ちるかというのわからないですけど
最低限勝負になるというレベルまでは
どれぐらいの学力が必要か
それはよくわかります。

うーん
今年も大変そうです。
まぁ今まで
今年は順調にやっていければ
だいじょぶそうだな
なんて思えたことは無いわけですが(笑)
あんまり想像すると
頭が痛くなるほど、大変なことです。
またそれを何とかするのが
プロ家庭教師の仕事でもあるわけです。

今までの経験上
こういう時はできることを1つずつ増やしていく
着実に1つずつ積み上げていく
その基礎があってこそ
いろいろなアイディアが生まれてきて
受験に戦える道が見えてくるものです。

普通に全体像を捉えて
普通にこれからの勉強考えてしまうと
毎年
全員落ちてしまうという結論しか
導くことができなくなります。

今年は大丈夫ですかね…
結局は一番大きいのは
私のプラン通りに
生徒がしっかり勉強してくれるかどうかに
かかってくるわけですが。
それはそれで色々と難しいことが起きるんです。

なんだか
こんなことを書いていると頭が痛くなってきます。

何でもそうですが軌道に乗るまでって結構な苦痛ですよね。
生徒にもよく言ってます。
1日十何時間か、勉強しなきゃいけないわけですが
それが苦痛なのも最初のうちで
そこを耐えてしっかり頑張れれば
体が慣れてきて、随分楽になってくる。
そこまで耐えられるかどうかが勝負だと。

この言葉
今は自分自身に 1番いってあげたいです。
絶望の中で耐えて耐えて
そうしているうちに
ひとすじの光が見えてくるんです。
頑張ります、今年も一年

地元駅自慢 [雑感]

私の住んでいる駅は
以前は水田やら果樹園が
ありましたが
それら全てはマンションとなり
駅前の商店街は
シャッター街
いくつか店は残っているものの
コンビニかどうやって存続しているのか
不思議な店しか残ってません。
喫茶店も皆無です。
スタバに行きたかったら電車で数駅移動です(笑)
電車は昼は12分おきです。

そんな廃れた私の住んでいる駅にも
自慢できるもが一つあります。
それは高速プレハブエレベーターです。
私の駅に初めてエレベーターができた時
プレハブ小屋みたいに、骨組みがはっきり見える
スケルトン感のあるエレベーターで
ああまだ仮設のエレベーターで
後から色々つけるのかと
思いましたら
思いましたら
なんと!
ずっとそのまま、仮設感満載の
エレベーターなんです。
工事…忘れてないですかね?
建設会社、途中で潰れたんですかね?
というくらいなんです。

ただ、しかし
このエレベーター
非常に優秀です。
ボタンを押すとびっくりするくらい
早くきます。
全ての動きがキビキビしてるんです。
気持ちがいいです。

最近は通勤の時
わざとキビキビエレベーターに乗っています。
下の階から、上の階にいるエレベーターを呼んでも
さっと
来るんです。
仕事が早いのは気持ちがいいです。

このエレベーターのおかげで
私もいい仕事をしなきゃな、と
思わされます。

記事職人 [雑感]

2mおばさん
の記事について
実はこういうおばさんがいて
今、こういう話をしているというのは
生徒に2ヶ月くらい前から話にしていました。

その時に生徒から
こういうエピソード
ブログの記事に書かないんですか?
書けばこのブログ
記事がつまらなくて
コメントだけが楽しい
なんて言われなくなりますよ!

なんて言われたのですが
その頃
まだ2mおばさんと頻繁に会い始めたばかりで
記事で言いますと
実家の裏山で会ったクマくらいでかい
くらいしか
言われてなかったんです。

ここで私の第六感が働いたんです。
ここで記事に書いてもいいけど
このおばさんと話をしていけば
もう少し面白い、記事になるようなことを
言ってくれるんじゃないか
という
ポテンシャルをすごく感じたんです。
ですから、そこでは敢えて記事にせず
眠らせておいたんです。
ネタとして仕上がるように。
ネタを熟成させるんです(笑)

それで更に話が膨らんだ食べごろの時に
ブログに書くんです。
このタイミングが難しいです。
熟成させすぎると
私の方が書く意欲が無くなってくるからです。
そうならずかつネタのとれだかが十分な時に
皆さんにブログでネタを提供するようにしています。

江戸前鮨か!
というくらい
この作業をしている時は職人感を
自分に感じます(笑)

できるはずのことができない [雑感]

できるはずのことが
できないって悔しいですよね。

自分なら簡単なはずの基本問題
自分なら簡単にできたはずのこと
自分なら簡単に勝てるはずの相手等々
普通にやれば出来るはずのことができない
これは通常かなりの精神的なショックを伴います。

ある日
病気か老化かわかりませんが
足し算ができなくなってしまったら…
その瞬間私は大きなショックをうけると思います。
そしてその精神的な傷を癒すには
相応の時間と葛藤が必要です。

老化というものは
恐ろしいです。
ですから、皆予防線を早めに張って
それなりに若いうちから
「あれ?歳とってボケたかなあ」とか
「最近、物忘れが激しいなあ」とか
まだ程度が著しくないうちに
自分自身を時とともに納得させていくんです。
人間って歳をとるよなって。

その長い長い前フリの後
歳を徐々にとっていくので
精神がそれなりに対応できると
思うんです。

もし
私が浦島太郎で
玉手箱を開けて一瞬で老化したら
それはそれは
ショックだと思います。
浦島太郎は何を思うのでしょうか…
亀ちゃんを助けなきゃ良かった
亀ちゃんの背中に乗らなきゃ良かった

様々な
後悔が頭を過ぎると思います。
それでも何とか自分を納得させて
前に進むしかないんです。
でも、あまりにも変化が激しすぎて
おかしくなってしまうかも知れません。

できるはずのことができない
というのは辛いです。

受かるはずの楽勝の学校の
当たり前の入試問題がど忘れでできない。
これは突然の老化に匹敵するくらいの
衝撃があります。
非常に辛いです。
そうならないような予防線をしっかり張る
これも大切な私の仕事なんです。


ギガピンチ [雑感]

うーん
今月は
生徒に野球を教えるのに
動画で色々見せて
物理学的解析をお話ししていましたら
残りのギガ数がピンチです[たらーっ(汗)]
ここから節約生活をします、はい。

でも私はあまりこういうのは
気にして生活したくないタイプなんですよね。
今20ギガのプランで月によっては結構余るんですが…
更に増やそうか
検討中です。
気にして生きていたくないんです。
うーん

2mおばさん [雑感]

私は大体1週間ごと
同じような行動をしています。
授業は毎週決まっているからです。
そうすると必然的に同じような人と
行き帰りに会いやすい
というのがあります。
以前にもこの手の記事は書いたことがあると思います。
その2017年バージョンを書いてみたいと
思います。

ある高層マンションのお宅の
エレベーターで
なぜかよく同じ50才から
60才くらいのおばさんに
出会います。
ちなみにエレベータは3台あって
ランダムに来るので
それだけで確率は3分の1のはずですが
その確率以上で
同じおばさんとエレベーターで2人きりになるんです。

そしてそのおばさんはいつも私を見て
「わー、大きい。こんな大きい人は見たことがない。
小さい頃実家の裏山で見た、クマくらいある。
2mくらい身長があるんじゃない?」
というのです。
私は見ず知らず人と話すのが苦手で
通常話に乗りませんが
あまりにもおかしくて、
不覚にも吹き出してしまいました(笑)
私「 いえいえ2mは流石にないです」
2mおばさん「じゃあ、どれくらいあるの?2m近いでしょ?」
私「いえいえ全然ないです。185センチくらいです」
(本当は187センチですが、逆サバの癖があって
つい低めに言ってしまいます。)
2mおばさん
「そうなの?私こんなでかい人最近見てないわ。
でも、もうすぐ2mまで伸びるわよ」

???
伸びるって、もう私は40才なので…
と言おうとしたら…
エレベーターを降りていってしまいました…

その後、会うたびに
「相変わらず、大きいねえ。2mいった?」
と聞いてくるんです[もうやだ~(悲しい顔)]
最初は放置しておこうかと
思いましたが
流石に何度聞かれても2mに到達することはないので
「私はもう40歳なので、身長は止まってるんですよ。
むしろ縮んでるかも知れません(笑)」
と言いましたら
驚愕の絶叫がエレベーター内に響きわたりました。

2mおばさん「えーーーーーーっ!!!
まだ大学生くらいかと思ってた!
40歳なの???
そりゃ失礼」
と1人で大爆笑してました。

大学生だと思われたのも嫌ですが
仮に
大学生でも、身長は止まってるような…

複雑な気持ちでいましたら。
2mおばさん
「大丈夫、大丈夫
まだ可能性はある。諦めちゃーだめよ」
と言って去って行きました。

ハハハハハ…[たらーっ(汗)]
別に私は2mを目指してるなんて
一言も言ってないのですが(笑)

それからも
まあ
喋る喋る
一番最近会った時は
「あー普段ほとんど喋らないから
喋り方を忘れちゃってね〜
そういえば息子が貴方が出てる
アニメを見てたわよ
えー、何だっけな
進撃だか攻撃だかの…」

だから
そこまで巨人じゃないですって(笑)
一瞬、ノリツッコミをしようかと
思いましたが
今後のためを思ってやめました。

2mなんてないですし、もう伸びません!!!
ましてや人類の敵ではありません!!!!


高校で必修科目を削るとしたら [雑感]

私は未来の高校教育について
夢を見ることがあります。

その時に
今ある科目の中で無くなっているものは
何でしょうか?
この妄想だけで
結構な暇つぶしになります。

未来は必要なものがたくさんありますし
何かを削っていかないと
無理だと思います。
まあ、全ての情報は記憶装置か何かに
インストールする時代も
来るのかも知れませんが
そこまで時計の針を進めないと仮定します。

一番最初に無くなってるのは…というか
既に無くなりつつあるのは
悲しいかな、私の専門の地学ですかね…
とは言いましても私も入試は物理化学で
受けたのですが(笑)

その次を考えると
日本史世界史地理ですかね。
中学までの概略が分かっていれば
人生で困りませんし
もっと詳しく知りたい人は趣味の読書で
やれば十分ですよね。
大学やその先の社会で
日本史世界史地理の細かい知識
ほとんどの人が使いませんよね。
皇朝12銭の6番目は何か?
とか
そういう難関私大の問題…
俺はクイズ王になる!
という人しか必要ないですよね。

勿論知識暗記が日本史世界史地理の
本質ではありません。
そこから様々な考察ができ
それ自体は非常に大切です。
でもそれは中学まででほぼ終わり
高校の日本史世界史地理は知識的な
バージョンアップしかしていないような
気がします。
知識は暗記したい人が趣味で暗記すれば
いいと思います。

社会の先生には怒られるかも知れませんが
私の中だ無くなる大本命は
日本史世界史地理です。

他にC言語とかやるべきことは
沢山ありますし

若いうちの努力貯金 [雑感]

若い頃に頑張った努力というのは
その当時に報われなくても
必ず活きる日がくるものです。
私も年をとってきて
それは非常に強く感じます。
若い自分の努力の貯金によって
随分助かっています。

裏を返しますと
若いうちに何もやらなかったツケというのは
必ず年をとって払うことになるんです。

若いうちの努力というのは
非常に効率がいいです。
私も今となってはおそらく若い頃の半分くらいの
努力効率になっていると思います。
その効率のいい努力で
若いうちに自分なりの土台といったものを
作っておいたほうがいいです。

無論、これは勉強に限った話ではないです。
いろいろな方向にアンテナを伸ばし
目標に向けてしっかり努力したほうがいいです。
その体験自体から学べるということが
必ずありますから。

気持ちを逸らす [雑感]

人生で一番大切な技術というのは
気持ちを逸らす
という技術だと思います。

以前にも書きましたが
マシュマロ実験という
色々問題はありますが有名な
心理学の実験があります。
簡単に言いますと
幼い子の前に大好きなマシュマロを
おいて、ある一定時間我慢できたら
更に一個もらえ、その場で食べたければ
食べてOKという実験です。
目の前の利益を取るか、利益が増えるまで我慢できるか
です。
この実験で我慢できた方が追跡調査で
社会的に成功している
という実験です。

この実験で我慢できた子供というのは
マシュマロを我慢したら、後で増えるから我慢しようと
思って我慢できたわけではないんです。
大半の我慢できた子供は他のことを
考えていて気持ちを逸らしていたんです。
こういう能力は本当に役に立ちます。

人は自分の欲望、感情との闘いだからです。
しかし、難しいことに
考えれば考えるほど脳は
合理的な言い訳を考えて人を欲望に走らせようとします。
また、後から言い訳を考えるのも天才的です。
そうやって自分を納得させて欲望の世界に引き込むんです。

これに勝つ方法は
考えないことなんです。
考えない
というのは無の境地
悟りを開かねばなりませんので難しいです。
そこで気持ちを逸らす、つまり別のことを考えると
いいです。
そのネタを仕込んでおいた方がいいです。

私の場合、解けない数学や物理の問題を
ストックしてあります。
それを考えるようにすると気がまぎれて
しばらく気が紛れれば
元あった欲望も薄れます。
このテクニックが大切です。

色々頭にくることがあったり
誰かにふられたり
…そういうことで殺人事件を起こして
しまう人もいます。
そういう時は一旦気持ちを逸らしておいて
他の新しいことをやるんです。
忘れるんです。

こういう能力は受験勉強でも役に立ちますし
人生のあらゆる場面で役に立ちます。
常日頃からトレーニングをしておいた方がいいです。

fetishism [雑感]

今年は結構長い間寒かったですが
ずいぶん暖かくなってきました。
今年も私は花粉がひどくはなく
もう大丈夫だと思います。

先週後半
風邪をひいてしまった生徒と8時間
そして翌日5時間授業をしていて
流石に移ったか…と土曜日くらいには
覚悟していたのですが
葛根湯や何やら
飲んでいましたら
風邪にはならなかったみたいです[手(チョキ)]
なんだかここ数年
風邪の境界線から戻ってこれるようになりました。
助かります。
この年で風邪をひくと完治まで1ヶ月は
かかりますから。
自分の免疫力を褒めてやりたいです!
人は身体の中に最強の軍隊を
持っているわけです。
結局、それをどう働かせるか
という問題に帰着するわけです。

私はこれから年をとっちゃいますが
免疫ちゃん達には
末長く頑張って欲しいです。

最近、暖かくなって思うことは
まあ、これは気温の気温との因果関係は
ないんですが(笑)
色々な人の考えを知りたいです。

例えば、最近毎日何時間か
fake news いや(笑)
CNNを見てますが
アメリカ人の考え方とか
思考回路って私達と全然違います。
勿論、同じ部分もありますが。
私は職業柄人がどういう風にものを
考えるか
そればかり考えているので
余計に気になるんです。
イギリス人は生徒でいましたので
ある程度わかりますが
世界中の人や、様々な職業、人の
考え方というのを
わたしは知りたいです。
自分と正反対な意見のものばかり
読んでます。
天の邪鬼ですかね(笑)
人は本棚を見ればその人が分かる
とか言いますが
私は本棚とほぼ逆です。

今も
誰かがボーッと車窓から外を見ています。
一体何を考えているんだろう
と、思ってしまうんです。

私は
人の考え方フェチなんです(笑)

土曜日で疲れが溜まってました。 [雑感]

今日は珍しく電車で
寝ました。
疲れていたんでしょうか…
普段は腰が痛くなるので
長時間座らないようにしている
というか
基本好んで立っていますが
なんだか今日は
ヘトヘトで
座って寝てしまいました。
特に電車で寝過ごしたりも
しなかったのですが
疲れや諸々で体調が良くなかったのかも
知れません。
明日は日曜日なので
しっかり体力を回復したいと思います。
お休みなさい

香りの記憶 [雑感]

私は4歳か5歳くらいに手術をして
後々考えたら医療ミスだった訳ですが
鼻がバカになり
匂いがよく分かりません。

手術後に親が買ってきてくれた
恐竜の型のついた粘土が
あったのですが
同じ部屋の人たちから
粘土臭い粘土臭いと苦情を
受けたんです。
粘土は小さい頃から遊んでいたので
匂いは分かっていましたが
その粘土は全然臭いがしなかったんです。
おかしいな
と、思って母親にこの粘土
臭いがする?と聞いてみたら
凄い顔を歪めて、クサっと言いました。
その顔が強烈な記憶として残っています。
その後、
私の世界から様々な香りが無くなりました。

歳をとってほんの少しだけ
回復してきましたが
かなり強い臭いでないと分かりません。
不思議とバターの臭いは分かります。
これは私の中で過去の記憶とのすり合わせが
行われている可能性は否定出来ませんが。
花の匂いなんて感じたことはないんです。

この香りを失ったということが
私の香りに対する様々な考えを生みました。
まず
香りがわかっていた頃の記憶は強烈に
焼き付いています。

一番覚えているのは小さい頃
風邪をひいて寝込んでいたところ
父親が布団に入ってきた時のことです。
信じられない強烈なオヤジ臭で
思わずオエ〜っと吐きました。
多分父親は私が
風邪で吐いたと思っているんでしょうが(笑)
違うんです。
一旦布団を出て、うがいやら何やらしてきて
布団に戻ると
まだオヤジ臭の残り香があって
それで再び吐きました[ふらふら]
これは強烈な思い出です(笑)
恐るべきオヤジ臭(笑)

…そんな私ですが
もうあの当時の父親の年齢を超えました。
…ということは
私にもあのオヤジ臭がしていてもおかしく
ないんです。
しかも
私は臭いが分かりませんので[がく~(落胆した顔)]
本当に不安です。
そのため身体は結構綺麗に洗いますし
長年の付き合いのある生徒には
臭いがするか聞いてみたりします。
まだ、無臭みたいですが
もしオヤジ臭がしてたら
生徒が集中できなくても
文句は言えないですし
申し訳なく思います。

そこで最近
生徒からアイデアをもらいました[位置情報]
そんなに心配なら香水をつけたらどうか、と。
エー[がく~(落胆した顔)]
と思いましたが
確かに…たとえば集中力を高める香りとか
そういうのがあれば
生徒も授業に集中できて一石二鳥ですよね。
私自身は香りがわからないのですが(笑)
そこでネット検索して…
あまり強くない柑橘系の集中力を
高める香水を買いました。

早速
数日前から一滴ずつ
つけて仕事に行ってますが
香りが弱すぎるのでしょうか
誰も気付きません!
もちろん私は香りがわからないので
これが仮に水でもわからない訳です。
ネットで調べましたら
香水のつけすぎは相手に不快感を与えるらしいので
もっと試してみたいですが
一滴で我慢です。

生徒に嗅いでもらいましたら
若干匂いはするみたいです。
まあ
今のところはこれくらい
でいいのかもしれません。

これで生徒の集中力が上がって
くれれば本当に嬉しいのですが…
それは贅沢ですかねえ。
とりあえずオヤジ臭がしてきても
香水で少しは誤魔化せるかもしれませんし
実験的に続けてみたいと思います!


またまた地震予知について [雑感]

先日生徒に
東大の発表で関東で大地震が
30年以内に70%の確率で起きるらしいん
ですか?本当ですか?

聞かれました。
詳しくは過去記事で
地震予知が科学の原理的には不可能で
あることはお話したと思います。
確か、何回か書きましたよね。

でも
じゃあ何で東大が30年以内で70%
という確率が出せてるか
今日は書きたいと思います。
きっと
引きます。
国家機関がお金をかけて出す結果としては
あまりにもお粗末ですから。
でも、無理なので
予知しろといったら統計的には…みたいな
感じでちょっと科学っぽさを出さざるを得ないんです(笑)

誰でも予想できますよ。

東大の方法を教えます。
南関東で過去100年でマグニチュード7クラスの
地震は5回ありました。
これを30年に換算します。
比例換算ではないですよ。
均等に地震は起きないでしょうし
頻度が少ないのでポアソン分布を使います。
そうすると30年で0.7回というのが出るんです。
だから70%です。

何故30年か?私も疑問に思って
いましたが
何となく人生で30年くらいが
考えやすいからみたいです。
実感が持ちやすいちょうどいい長さ
です。
10年、20年だと外れまくって危機感を
なくしたら困るからです。

またポアソン分布に従うなんていう根拠は
一切なく恣意的なものですから
難しい人は山勘だと思って頂いて
大丈夫です。
さして変わりがありません。

ここで皆さん
恐ろしいことに気がつくでしょうか…
たまたまこの100年で
大きな地震がない地域では
この計算方法では
「ほぼ起きない」ということになります。
これは恐ろしいです。
45億年の地球の歴史で
100年起きてないから、次の100年も起きない
これが科学と言えるでしょうか(笑)

最後に大切なことを言っておきます。
地震は日本にいる限り
そこらじゅうで起こります。
ですから、日本に住む人全てが
防災の準備をしておかないとダメです。
安全な地域も、危険な地域もないと
思った方がいいです。
誰にも何もわからないんです。

そしてそれはこれからもそうです。



第一志望について [家庭教師のお仕事]

最近、何だか忙しいです。
やることが
多すぎるせいですね。
当たり前か(笑)

今年は
第一志望合格率が60%だったので
何とか巻き返したいですが…

来年度の第一志望の発表は
皆さん願書を出して
どこの学校を受けるか
決まった時点で発表しようかと
思います。
まだ明確に決まってない生徒も
いますし…
私が勇み足で発表しても
昨年度みたいに
実際は願書も出さなかったのに
第一志望(私の中で)不受験=不合格
となるのは厳しいです。
私は第一志望を決めて貰った方が色々と
逆算できて助かるのですが
人によっては、実力の伸び過去問を色々やってみて
適性をしったり、学校説明会に行ってみたり
進路相談をしたりして
決めたいという方もいます。

それをゴリ押しで
ブログに書くから教えてくれ
授業をしやすいから
決めてくれ
というのもおかしな話で
その結果昨年度みたいに
受けない第一志望
みたいな不思議な学校が出ても
困りますので
今年度は皆さんの志望が固まってから
一斉に発表しようかと思います。

旅に出たくなります [雑感]

なんだか
最近ふと旅に出たくなります。
腰痛で40分と座ってられませんので
飛行機や車では無理ですが[たらーっ(汗)]
電車で自分がいったことのない街に行ってみたいんです。
まあ
今年は学会絡みとか、仕事絡みで
名古屋には行かなければならないですが
それを旅だと思ってみますかね(笑)

世界で最も悲しい人 [雑感]

最近
世界で一番悲しい人って
どんな人かな
と考えるんです。

実は
これはまだ
何の答えも出ていないんですが(笑)

うーん
どんな人ですかね…

私が頭に浮かぶ一つの答えは
「忘れられない人」です。

人はどんなに悲しいことがあっても
それを忘れて
その後の人生に
無理矢理にでも希望を
見つけて生きていくことができます。
悲しみのmaxは記憶が続くうちですよね。
忘れる能力は記憶の編成能力にも
関わってきます。
忘れられる人は
都合のいいように
記憶を編集できます。

人生って
悲しいことが多いです。
悲しませてしまうことも多いです。
それを忘れて何とか生きている感じはあります。

他の悲しい人には
「誰にも認められない人」
というのもあるかも知れません。
人は承認欲求というのが有ると
思いますし。
うーむ…
でも、忘れられない人の方が
悲しい感じが私にはします。
なぜだか。

まあ
悲しい人っていう表現に
問題がありますよね。
本当は。

悲しく感じるかどうかは
本人の個人的な問題ですし
それを客観的に比較すること
自体に無理がありますし。
悲しみも起こり過ぎると麻痺するようにも
思いますし。
問いの立て方に問題があるんですよね。

…でも

なんでこんなことを書いたか
というと
時々色々な人を見ていて
思うんです。
この人悲しい人だなあって。

何か、自分の中で敵を作らないと
生きていけない人や
昔のことをずっと覚えて引きずって
新しい自分に出会う機会を失う人を見ると。

そういう人を見ていると
この人は悲しい人だなあって
胸が痛むんです。
私個人の主観的な痛みですけど。
客観的根拠なんて
なんの根拠も
ないですけど。

世界で最も悲しい人だなあって。
本人がそう思ってるかどうかも
分からないですが。

私は思い出せないんです。
忘れる人なので。
ベッドに横になったまま
遠くをぼんやり見つめた
悲しいあの人の笑顔を。


可能性を広げておく [受験]

私が生徒によく言うことがあります。
それは自分の人生の選択肢、可能性を
広げておくことです。
そのために
少しでもいい大学に入るとか
自分自身に思考力等の力をつけておくこと
が大事になってくるんです。

将来、自分が何をやるか
なんて誰にも分からない訳です。
その仕事をやってもいないんですから。
人からの伝聞と自分でやって体験してみる
のでは雲泥の差がある訳です。
若い頃は勝手な先入観で自分に向いてるだとか
向いてないだとか、面白いだとか
つまらないだとか
判断する訳ですが
その判断は九分九厘間違えています(笑)
そんな想像がつくほど世の中は単純じゃないです。
受験の物理の問題なら大抵文章を読めば
答えが想像ついたりするもんですが
実際の人生はそんな風な単純なもんじゃないです。
今流行りの
「事実は小説より奇なり」です(笑)
私だってプロ家庭教師をやろうなんて
思ってなかったですし
人に教えるのなんて怠いし
絶対にやらないと思っていたんですから(笑)

年齢や経験、その他諸々
自分の環境要因だとか
様々なことで
自分というのは変わっていく訳です。
あんなにラブラブな夫婦が離婚したり
犬猿の仲の2人が結婚したり
それはそれはもう人生
訳の分からないことだらけなんです。

そんな荒波のような人生で
頼りにになるのは
自分自身に何があるのか
何ができるのか
ということなんです。
自分が本当にやりたいものが
見つかった時
それを過去の努力不足による
今の力不足を原因に諦めるなんて
悲しすぎます。

色々綺麗事を言う方もいますが
明らかに未知のものを学習する力というのは
20歳までがピークです。
そこから先は
未知のものを自分で既知のものに
還元するように人は学ぶんです。

ですから20歳までに
なるべく勉強した方がいいです。
若者は若さの価値が分からないと思いますが
これは本当です。
私の生徒で学校に行くのが嫌になる中2から高1くらいの
生徒がいるのですが
その生徒たちは、体力を小6基準で考えてきて
失敗するパターンです。
中学受験の時になるべく通い易い学校を
私は薦めるのですが
元気な小6生徒と親御さんは
大丈夫大丈夫片道1時間ちょっとくらい
なんて
なーんて言うんですが
何の悩みもなく元気で、実際に満員電車に
揉まれた経験もない感覚で
考えるものですから大失敗するんです。
あんな小学生みたいな元気な時代
もう来ないんです。
体調が絶好調なんて人生で稀な出来事になります。
そして通うのが面倒になり
行かない正当な理由を探す脳内冒険がスタート
するんです。

可能性を未来のために広げておく
ということと
一見矛盾するように思えるかも知れませんが
確実なものなんてないです。
こんなことを書いている私が
明日事故か何かで死ぬ確率すらあるんです。
明日がある保証なんてどこにもないです。
(だから私は眠るのが嫌いなんだと思いますが(笑))
今日、今出来る最善のことを考えて生きて欲しいです。
可能性を広げるために、自分に確実なものを
身につけて欲しいです。

不確実性の中に確実に残す足跡こそ
人生と呼ぶのだと思います。


不思議なこと [雑感]

最近あまり風邪をひかなくなりました。
喉が痛くて風邪かなぁと思っても
そこから治ってしまうんです。
年がら年中風邪をひいていた頃から
考えますと本当に奇跡です。
何がいいのか悪いのか
分かりませんが
風邪をひくちょっと前に葛根湯飲んだり
昔よりはいろいろケアをするようになったので
それが良いのかもしれませんし
体が強くなったのかもしれません。
何だか知らないですけどうれしいです。

ところで先ほどから音声入力で書いているんですが。
文頭に言ってもいないheyと言うのが出るんです。
アメリカ人みたいで
書きながら笑ってしまいます。
でも不思議と笑い声は反映されず
言ってもいないheyが兵になったり
平になったり、餅になったりして
文頭に出てきます。
不思議です。

まあ変なことに悩んでいないで
明日の仕事の準備をします。
また1週間頑張りたいと思います。
それではまた

プロ家庭教師の仕事で出来ること [家庭教師のお仕事]

人生は
自分を作る、ということだと
思います。
どんな自分でいたいか、ありたいのか
(個人的なあり方と社会的なあり方)
それが究極的な人間の欲望では
ないでしょうか。
どんなお金持ちも
最終的には名誉が欲しくなるのも
このせいだと思います。

人間は長寿を望むものです。
望むようになるものです。
実際に長生きはせずとも
自分の人生より長く
社会的な存在として残りたいと
思う欲望が育まれていきます。

私くらいの年代になりますと
色々考える訳です。
どうやって、未来の人に
私が学んだことを伝えるか。

親子として伝える
という方法もありますが
ある程度距離感があった方が
伝わりやすいという側面もあります。
親子だから素直に話せないことも
あるんです。

そういう欲望と
私の仕事が
ある年齢を超えてから
マッチしてきた感じがします。
この仕事ならば
何かを次の世代に直接伝える
ことができる訳です。
そう考えられるようになってから
プロ家庭教師という仕事は
私にとって意味深いものになってきたんです。
しかも、生徒との付き合いというのは
1年か2年くらいのものです。
期限があります。寿命みたいなものです。
その中で受験指導をしながら伝えられることは限られて
いる訳です。
その制限の中でどれだけのことができるか
考えるだけでもワクワクするんです。

追伸
そういえば、先ほどコメント全消去を
しようとしましたら
まだご応募頂いている方がおりますが
3月12日の記事にありますよう
今年度は募集は終了になります。
メールでの質問等にもお答えいたしませんの
でご理解頂ければと思います。
何かで生徒の指導が途中でできなくなった場合に
欠員募集をするだけで
もう朝から晩まで一週間埋まっており
何もなければ募集はございません。

桜の頃 [雑感]

ちょうど今朝
仕事に行く時に
桜並木を歩いてきました。
ソメイヨシノです。

今、全国にある
ソメイヨシノは戦後
もしくは東京五輪の時に
植えられたものなので
そろそろ寿命が迫ってきている
という話題が最近よく聞かれます。
ソメイヨシノの高齢化です(笑)

ソメイヨシノは元々強い木ではなく
樹齢五十年が経過すると
菌等に感染しやすくなり
枯れてしまいやすくなるみたいです。

今朝、
歩いてきた桜並木も
いつかは終わってしまうわけです。
まあ
多分、そのことはある程度想定して
時期をずらして植えたソメイヨシノも
あるとは思うのですが
今、話題になるということは
大部分が一斉に植えたんでしょうね[たらーっ(汗)]

私は花では桜が一番好きです。
散りゆくものの儚さ
美しさが
胸に響きます。

桜の頃になると
つい人生を思い、振り返ります。
来年もこの桜を
美しく思えるように頑張ろう
そう思うんです

教育の方言 [雑感]

教育には方言があります。
国や学問レベルによって
いろいろ記号が違ったり
ルールが変わったりするんです。
ですから
そのコミュニティのルールに
従わないとダメなんです。

数学でいうと
自然数は高校までは0を含まないですが
大学になると0を含みます。
単位行列の記号アメリカ等ではIが
一般的ですが日本はドイツの影響が強いので
Eを用います。
組み合わせは高校まではCを使って表しますが
大学では縦ベクトルみたいに書きます。
大学でもベクトル頻繁に使うような
コミュニティではCを使います。
色々と方言が無数にあるので
そのコミュニティに合わせた使い方をすれば
いいんです。

私も自分の頭の中で作りあげた数学の世界では
好き勝手に文字を使ったり
自由な定義をしてきましたが
皆さんに発表するときは
できる限りそのコミュニティの表現方法に合わせます。
それが読んで頂く相手に対する
最低限の礼儀だからだからです。

物理化学生物地学、さらに
方言だらけです(笑)

英語でも日本語でも
教育上の方言はあります。
文学史の問題で
邪宗門の作者は?
と出たのを
私は読んだことのある芥川龍之介
と、書いたのですが
中学では
授業で北原白秋で習うのでバツにされました。
私は、ああそうか
北原白秋も書いているんだ
読んでみよ
っと思ったくらいで別にバツにされたから
抗議に行ったりはしてません(笑)
邪宗門は高橋和巳さんも書かれているみたいです。
こんな風に同じ題名の
作者何て無数にいて
いちいち先生がwikiで確認して採点してたら
馬鹿らしいですよね(笑)
だから授業でやったもの以外はバツでいいんです。
そして、そのバツにしたって
中学でバツだっただけで他なら
丸をもらえるコミュニティがあるかも知れません。

教育には無数に方言があります。
大学受験にもあります。
時々
暗黙の受験ルールを知らない研究者が
入試を作るととんでもないトラブルを生むことになるんですが(笑)
勿論、学問上あってはいるのですが‥

このように
教育には方言があって当たり前なんです。
それを認識していないと
トラブルなります。
学校では、学校で習った通り
受験では受験で認められる範囲で
表現する、ということが大切です。

そういう常識を知らず
数々の逸脱をしてきた私が言うのもなんですが(笑)
でも、バツや指摘される度に
ちゃんと直してきました。
試験は出題者とのコミニケーションですから。
掛け算の順序問題みたいな問題も同じです。
先生が順番を変えたら気持ち悪いから
やめろ、というなら
それに従いましょう。
逆にわざわざ書きたければ趣味でやりましょう。
こんなことが
子供の豊かな発想を疎外することにはなりません。
順番を変えたくらいで独創的だなんて
少なくとも地球というコミュニティでは思われません(笑)





豊洲問題等 [雑感]

いつまで続けるんでしょうかね。
豊洲問題。
もうさっさと移転すればいいと
思うんですが。
もともと
豊洲に移転するしかないわけです。
議会を通って決まったことですし。
今更感があります。
使う訳でもない地下水を組み上げて
水質検査をして
議論をして
何をしようというんでしょうか。
その辺の市場の地下を掘って調査をすれば
何かしら問題はでてきます。
豊洲より激しい汚染物質が、地中に眠っています。

石原元都知事も
ディーゼル規制等で環境派を自称していた中
厳しすぎる環境規定を作りすぎてしまいました。
それでいてガス会社のあった土地に市場を作ろうという
のですから、尚更大変なわけです。
ガス会社があった場所を
そんなに簡単に地中深くまでは汚染を取り除けません。
でも
コンクリートで囲ったり、地上に上がるリスクを
減らすなどしてきたわけですから
もう十分に手は尽くしてきたわけです。

何を今更…
という感じです。
一歩立ち止まったのは、
ある意味良かったのかも知れませんが
そのあとの対応が良くなかったです。
小池知事が豊洲安全宣言を早くだしていれば
こんなに無駄なことで
不安をあおることもないわけです。

百条委員会?
何をしたいのか、わかりません。
くだらない話し合いをしているよりさっさと
移転するのか、
可能性は低いですが
築地を工事した方がいいです。

最近、劇場型の政治が増えています。
証人喚問もそうですが
民間人に本来、よっぽどのことがなければ
やるべき性格のものではありません。
そもそも国会に捜査権限はないわけです。
捜査機関に全て任せる問題を
国会で面白、おかしくやろうと思っているのでしょうが
国民は全然面白いとは思っていません。
何億レベルの問題にこんなに国会や世間が
毎日毎日騒ぐのもどうかと思います。
本当はもっとやるべき、騒ぐべきことが
あるのではないかと思います。

マスコミの責任も非常に大きいです。
自分のテレビ局の大きな不祥事なんて
さらっと一回くらい事実を放送して終わりに
するのに、視聴率が取れそうだと思った問題については
問題の大きさに関係なく粘って粘って
放送し続けます。
毎日、毎日同じような話をして
結局
私達が考えても
どうこうなる問題ではないんです。
大問題でもないですし。
ある意味これも
日本が平和だということですかね。

腰の調子が良くないです [雑感]

最近、腰の調子がイマイチです。
調子に乗って
座りすぎた感はあります。
ケアのために
立っている時間を増やそうと思います。
あとは
寝そべる時間も増やそうと思います(笑)
寝そべるって何?
と思われる方に解説です。
お宅によってはソファーや絨毯があるところが
あるんです。
そういうお宅では
英語のテキストの読解等
口頭でほぼ説明する授業の時は
寝そべってやっています(笑)
ただ‥寝そべりすぎも
腰に良くないので適度に立ちますが。

立っているのが腰には一番楽ですが
1日立っていると
どうしても足にきます。
むくみひどいです。
ですから、授業内容と指導場所によって
寝そべりも導入しているんです。

まあ
とにかくしっかりケアして
早く以前状態したいです。

無知への陶酔 [雑感]

生徒とベジタリアンのことに
ついて話をしたことがあります。
ベジタリアンは、健康や体型維持のために
野菜ばかりを食べている人の
ことではありません。
ベジタリアンから見ると
そういうエセベジタリアンは一番
忌み嫌う存在のようです。
そうではなくて思想として
野菜しか食べないんです。
動物を食用として飼うこと等
動物の命をexploitすることに
思想として反対しているわけです。
更に動物性の繊維やら石鹸や油
等までも使用しないヴィーガンと呼ばれる人たちも
いるということを生徒に聞きました。

この話から思うことは
人の無知への陶酔は本質的要素として
私たち深く刻まれてしまっているということです。

人には理性と本能というのがあります。
この2つは本来相反するものです。
人は動物から離れるために、
常に本能を理性で抑えようとしているんです。
その反動として、反理性的な働きが
常に私たちに襲いかかってくるんです。
その魔力に負けて人は思考を停止して
自分の快、不快という本能に身を委ねるのです。

先ほどのベジタリアンは
結局、動物の命を食べるのが
本能的に不快だから食べないだけなんです。
理性を働かせれば
誰だってこれがおかしな思想だということ
がわかります。
そもそも植物は生命ではないというのでしょうか?
人間の独断と偏見で植物と動物という
概念を区別し、線引きをし
そして動物は食べない、という全くのナンセンスな
考え方をしているわけです。
生物学の進歩と共に
植物と動物の境界というのはあやふやになってきました。
(この表現も本当は不適切ですが)
それを分けることは本質的な難しさがある
ということは生物を勉強していけば誰でも分かることです。
区別の出来ないものを恣意的に境界を引いている時点で
論理破綻です。崇高な思想でも何でもなくなります。
しかし、それをベジタリアンの人はあえて見ないわけです。
自分達は命をexploitしない穢れない存在であると
いう妄想の世界を壊したくないからです。
無知のままでいいんです、知りたくない。
これが無知への陶酔です。
なぜ、人間は弱肉強食の世界で進化してきた
穢れだらけの存在で
あらゆる命を奪うことによって生かされている
存在だということを認められないのでしょうか。
自殺がいけない、というのも当然です。
私たちは自分達で生きているわけではないからです。
無数の動植物の命に対する贖罪のためにも
命を全うしなければならないんです。
そういう義務があります。

人間の無知への陶酔の例は
枚挙に暇がありません。
ある民族が優秀だとか、国粋主義者だとか
自分をDNA鑑定してみれば
すぐに自分が雑種だということがわかります(笑)
歴史検証や科学的に篩をかければ
すぐに破綻するようなものばかりです。
でも、そういう真実を細く考えることはやめて
自分の架空概念に酔いたいんです。
人種差別の類なんてみんなそうです。
科学的に言えば馬鹿らしい話です。
キリスト教の原理主義の人もそうです。
進化論は認めない。これもなんの正当性が
あるわけでもなく、そうだと困るので
新しい事実は見ないで盲信するわけです。
不快だから嫌だ、というだけです。
しかし、この感情論は人類の歴史上最悪の結果を
もたらしてきました。
もういい加減に目を覚ました方がいいです。

ああ、そうだ
誤解して頂きたくないのは
私はこの無知への陶酔を完全に否定している
わけではないんです。
人間の自己防衛機能として
皮肉なことに生きていくの非常に
必要不可欠な装置だからです。
この装置が働かない人は精神的に
病んでしまいます。
現代に精神疾患が増えたのは
この無知への陶酔、という機能が
働きづらい世の中になったからです。
何でも、科学的に解明されすぎたんです。
景気がなかなかよくならないのも
皆さんに知恵がついて
お金があってもパーっと使う何ていう
消費行動をしにくくなったからです。
知恵がつくと
薬の効きも悪くなります。
権威があるお医者さんから貰った効く薬という
プラセボが機能しにくい世の中になっているからです。

ここまで考えるとお分かりのように
両極端はダメなんです。
無知への陶酔をしすぎれば、妄想の中で
おかしな生き方をし
何でも科学で解き明かして全てを
直視すれば、精神的におかしくなります。
でも、あくまでも
無知への陶酔は私は最終手段として使う隠れ蓑
だということだけははっきりさせておきたいです。

個人が生きていく上で
辛い日々の現実から「ほんのすこし」目をそらす
ために架空の世界に身を置いたり
現実を見ないようにするといういうのは
現代社会の中で必須ことだと私は思います。
それが出来ないと適応障害になります。
でも、それはあくまでも個人の
緊急避難用です。

国家や大きな団体が
無知への陶酔をして
日本人以外この国から出ていけ
とか
野菜以外食べるな
とか
そういうことは絶対にあってはならないですし
宗教や民族、くだらない無知への陶酔で
どれだけの人が悲しい思いをしてきたか‥
世界規模、大きな集団単位では
無知への陶酔はなくすべきです。
そういうことがない社会作りをしないと
いけません。

かなり長くなっちゃいました。
もうやめます。
最後に
一番大切なことは
私たちが人間であり続ける限り
常に理性の反動としての
無知への陶酔を誰もが持っているということを
忘れないことなんです。
そうすれば、無知への陶酔が社会的暴走を
することは防げると思います。

お昼寝します [雑感]

今日はお休みですが
授業の準備やプラン作りで
昨晩からほぼ寝ておりません。
朝、眠け覚ましに行った散歩が
そろそろボディーに効いてきて
しかも先ほど
お昼ご飯をたくさん食べたので
急激に眠くなってまいりました。
仕事は
もう大体今日やる分は終わりましたか
早めにやっておいた方が良いので
一眠りしてまた頑張りたいと思います。
おやすみなさい

ウルトラマン [雑感]

今日も非常に寒いです。
その影響かまだ私の家の近くでは
桜は一分咲きくらいです。
何だか
いつもより遅いような気がします。
昨晩、
1日寒かったので
シャワーではなくて
湯船に浸かりました。
お風呂は疲れが取れますね〜
本当に気持ちがいいです。

………
とは言いましても
実は私はのぼせやすいので
3分くらいで出たくなってしまいます。
湯船に3分近く入っていると
カラータイマーの点滅音が
聞こえてくるんです。
ウルトラマンみたいな
感じです。
地球にいられるのは3分で
早く宇宙に出たくなっちゃうんです(笑)

でも
お風呂の準備や
掃除って
時間がかかりますよね…
それを3分で出るなんてどないやねん!

怒られそうなので
何とか五分は粘るように
心がけています。
銭湯とかだと
水風呂があって
それに交互に入ったり…
対策をたててやっと10分…
10分は無理かな
くらいなんです。
のぼせてひどい
めまいがしてくるんです。

それでお風呂が良く気持ちいい
なんて言えるな
という読者の声が聞こえてきそうですが
短いなりに
私の中では気持ちいいんです。
早食いでも、ちゃんと味わってますよ
早死にでも、しっかり生きましたよ
そんな感じです。

たまにはシャワーじなくて
お風呂もいいものです。