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明日から [雑感]

今、私の生徒で学校の試験が近づいている
生徒が数名います。
それと
夏期講習会の準備で大忙しです[あせあせ(飛び散る汗)]
明日から
夏期講習会ですけど[たらーっ(汗)]

とにかく
まず第一に移動の順番が
今までとはかなり違いますので
迷子にならないように気をつけたいです[パンチ]
色々な方にご協力頂いて
成立している夏期講習会なので
その重みと感謝の気持ちを忘れずに
しっかりと頑張っていきたいと思います。

明日からついに始まります!

民主主義というクスリ [雑感]

今のところそうでもないですが
今年の夏はかなり暑いらしいですね[がく~(落胆した顔)]
七月、八月と
私もここ数年で一番の激務になりそうなので
倒れないように気をつけたいです。

倒れると言えば
イギリスがEUを脱退することになってしまいました…
国民投票なんてやらなければいいのに…
と事前に思っていましたし
生徒にも話をしていましたが
事前に楽天的な残留意見が多かったのにも驚きましたし
私は7:3くらいで離脱になるんじゃないかと思っていました。

民主主義、国民投票…等々
聞こえはいいですが
乱暴な言い方をすれば
大切な選択を
国民の平均に任せてしまうということです。
国民の平均を信じられますかねえ?
と私なら思ってしまいます。

国民の平均は
やはり日々の自分の生活、暮らしが豊かであることを
望んでいるわけです。
それで精一杯です。
目の前の自分たちの幸福で。

それはそれで構わないのですが
今を犠牲にして、今私たちの世代は我慢をして
本当に国にとって、将来のために正しい選択をしなければ
いけない時に民主主義というのは機能しません。

結局、国民の平均はどこであれ
今の生活さえよければいいんです。
それに合わせて政党は
選挙の度に国民に耳当たりのいい
今さえ良ければそれでいい政策をアピールするわけです。
大学一貫校と同じです。
利害関係が一致してるんです。
先生は授業がめんどいからやりたくない、
生徒も授業がめんどいから受けない
その結果どんどん堕落していきます。
民主主義の縮図がここにあります。
自然に民主主義は堕落するわけです。

日本で民主主義が始まって60年
かなり綻びがでてきています。
将来のことを考えたら
今まで何度も増税等をしなければならない
機会はあったわけです。
適切な選択、警鐘を鳴らしてきた人もいたわけです。
でも、それを日本の平均が選択するわけはないんです。
その結果1000兆円を超える借金を作り
それを未来の世代に負わせる結果となってしまったわけです。

私は民主主義で未来まで続く国家にとって
「最善の選択」がなされることは
ほぼないと思いますが、
この一度できた、というよりアメリカの植民地政策で作られた
民主主義も、国民の平均が決めているので
今後変わることはないと思います。

つまり、民主主義は覚醒剤のように一度でもやったら抜けられません。
アメリカという売人によって日本はその味を知ってしまいました。
そして刹那の快楽におぼれ、自己崩壊への道をたどるんです。

その中で出来る唯一の私の抵抗は
国民の平均値をあげることなのです。


夏風邪に注意です [雑感]

パソコンの調子が悪くて
やっと先ほど復旧です。
もうすぐ家をでるため
大急ぎでブログを書いていますが

昨年は夏風邪をひかなかったのですが
その前までは結構ひいていたので
今年は夏風邪をひかないように気をつけたいです。
生徒で風邪をひいていた人もいますが…

七月、八月と
いっぱいいっぱい授業が入っていますので
休むわけにはいかないんです。
勝負の夏ですし。
絶対に休まない!!!
という強い意志をもって頑張っていこうと思います!!

後は事務的作業を間違えずにやるとか
生徒の家へ忘れものをしないようにするとか
疲れによって引き起こされるであろうもろもろにも
気をつけていきたいです。

まあ
何よりも体調が大切です。
元気にいい授業ができるためにも。

それでは行ってきます!!


時間感覚が… [雑感]

休みの日って
あっという間に時間が過ぎますよね…
何だか名残惜しいです。

今週後半からいよいよ
夏期講習会スタートです。
頑張ります。

そういえば
最近
授業中も時間がたつのが早く感じます。
一日は長いんですが(笑)

眠っている時間は三時間でも
すごく長く感じます。
不思議なものですねえ。

気づいたらお墓の中

いうようにならないように
充実した人生を
しっかりと噛みしめて生きていきたいです!

お願い [指導を希望される皆さまへ]

最近、なぜか
色々とお仕事の依頼を受けてしまいます。
ありがたいことではありますが
もう今年度の募集は締め切りました。

そして
夏くらいからでも
私に頼めば何とかなるという
お話しも頂きましたが
そんなことはありません。
状況によりますが…
普通受験はゼロから始めたら二年はかかるものだという
認識を持った方がいいと思います。
半年で何とかなる…というのは
かなり基礎力がしっかりしているか
志望校が今の実力とあまり大差ないかのどちらかです。
仮に合格しても運の要素が大きいと思います。

高校二年とか中学二年とか
そういう学年から始めれば
計画的に合格へ向けてアプローチできます。

あと
その他のお仕事
塾での指導や、問題集執筆等々
様々なご依頼を頂きますが
今はぜ~~~んぶ無理です。
忙しすぎるため
何もできません。
今年の受験生や今いる生徒の授業をしっかり
やりたいのご理解いただければと思います。

簡単に言いますと
コメント欄で仕事の依頼を頂いていても
メール等で対応も致しません。
私は一人で仕事をしておりますので
そういう時間や余裕がないこともご理解頂ければ幸いです。

もうすぐ夏期講習です [家庭教師のお仕事]

もうすぐ夏期講習会です。
今年は七月一日から八月終わりまで
受験生を中心にびっしりと授業があります。
社会人の方、三名には七月、八月とお休みに
していただき
その分や、普段平日の夕方以降しか無理な
学生の皆さんも
色々と移動して頂き
びっしりと予定が入っています。

何だか箱にピターっと物が収まった感じで嬉しいです。
まあ
この予定を立てるのは本当に大変でしたが[ふらふら]

もうこまごまと七月、八月にむけて準備は並行して初めていますが
明日の日曜日が勝負ですね。
ここでコピーやら何やら
全て終わらせないと
本当に大変なことになります。

暑くて大変な二か月だと思いますが
この二か月で生徒は激変しますので
有意義な夏期講習だったと
思えるように頑張ります[パンチ]

後悔だけはしたくないです。
私ができることをすべてやって
それで駄目なら責任をもって反省できます。
そうでない場合はつらいです。
まずは体調管理ですよね。
夏風邪や夏バテ
色々なリスクが私にも生徒にもありますが
一緒にこの二か月を
戦ってもらえればと思います。

眠る前ですが
何だかテンションが上がってきました!!!
でも
落ち着いて
まずは今日、早めに寝ないと…
明日は朝から授業にでますし…

最高の夏にしたいです![リゾート]

梅雨と共に [雑感]

ふ~
じめじめ
暑いです。汗がとまりません…
暑さで汗がでるというよりも
湿度のような気がします。
移動で結構歩いた後は
本当に体の熱が下がらず
授業を初めてもしばらく放心状態です。

今年は
結構すべての移動がギリギリのため
早足で歩くのでなおさらです。
汗を沢山書くので
働いている感、自己満足度は非常に高いです(笑)

梅雨があけてくれれば少しは違うかも知れませんね。
でも
乾燥して咳が止まらなくなって
飴をなめ続ける生活よりは
ずっと快適です。

最近
結構自分の研究で進展がありました。
こういう忙しい時に閃いちゃうんですよね。
人はなぜか。
うまく暇な時に思いつけばいいのですが
とりあえず
今のところ結構いい感じです。
でも
こういうのはたいてい裏切られるんですよ。
きっと
その繰り返しです。研究なんて。
でも
新しいアイデアが意外なことから思いつきました。
まだ
妄想の段階ですので(笑)
ハッキリ言えませんが。

ああ
暑くても体調自体はいいですよ。
なぜか生徒でも
私の体調がブログに書いてない~と今日の授業で言われましたから
(笑)
やはり
生徒に心配されるくらいの虚弱体質は脱したいですね。
梅雨とともに

行ってきます [雑感]

いってきます!
まずいまずい
そういえば
昨日ブログを書こうと
パソコンに手をかけたところで
パタリと倒れて眠ってしまったんでした…

すっかりブログを書いた気になっていました。
夢では書いていたんです。

今、調べものがあってパソコンを開いたら
なんと!記事が書かれていません!!!
(当たり前ですが)

もう間もなく家を出ます!
よく眠れましたし
今日も一日はりきっていきたいです!!

忍耐力が一番です [家庭教師のお仕事]

ときどき質問を受けるのですが
プロ家庭教師に一番必要なものは何か?

勿論
スキルや学力等々
これは当たり前です。
プロ家庭教師になる以前の問題です。

なってから一番必要なのは
圧倒的に忍耐力です。

ただただ
耐える
耐えることの連続です(笑)

自分のお子さんを指導したり
家庭教師を経験されたりした方なら
わかると思いますが
脳の血管の傷みを感じる時がありますよね(笑)

まあ冗談はさておき
本当に人にものを教えるのは難しいです。
相手にも感情がありますし
やれと言ったことを素直にやらない生徒も多いです。
思春期の難しい時期の生徒さんを相手にするわけですし。
その「やらない」の上澄みを合わせて「できる」ように
しなければならない時もあります。

人対人
これは中々難しいです。
合う合わないは勿論あります。
生徒も家庭教師も
信頼できない人は頼まない方がいいですし
指導しない方がいいです。

本質的に生徒を信頼していて
何とかしてあげたいと思うから
色々なことに耐えられるわけです。
感情を殺して
適切な時に適切なことを言わないと駄目です。
これは大変なことです。

まあ
私も長年家庭教師をやっていますと
色々な人に会うわけです。
忍耐力が異常に必要な生徒もいます。
断ってしまえば簡単ですが
何かの縁で一度引き受けたからには
自分が本当に無理だと思う時まで
頑張ってみたほうがいいです。
自分が教えない方がいいな
と思うような生徒は断ったほうが生徒のためですが。

私は
家庭教師を始めてから
結構指を横から噛むくせがついてしまい
手がボロボロです。
無意識にストレスで噛んでいるのだと思います。
何かである程度ストレスを開放しないと
これもまた無理なんです。
頭が割れそうに痛むときもあります。

でも
仕事をしていれば
これらのことは皆さん普通にあることだと思います。

何とかしてあげたいけど
色々な理由で思うようにならない
そんなことの繰り返しです。
でも耐えて耐えて
生徒が合格をしたとき
力がついてきたことを実感できたときは
本当にうれしいです。

それだから
また家庭教師をやってしまうんです。
登山家の人と同じです。
死にそうな思いをするのに
帰ってきてしばらくするとまた山にのぼりたくなる。
私もそんな感じなんです。


汗ダクダクです。 [雑感]

今日は授業が比較的少ない日で
四か所のお宅を回ったのですが…
いやあ
ひどいひどい
なんでこんなに毎回汗がでるの~
というくらい
大量の汗をかきました。
特に駅から歩いているときは
シャワーを浴びているかのようです。
お宅についてからも
体の中の熱が抜けず
烈火のように熱いです。
まだ…
体が慣れていないのでしょうか
それと、、、も
これが普通でしょうか…

本当に汗をかきすぎて
くらくらしましたし、
何よりも
異様に疲れました。
これから
夏の炎天下
ちゃんと倒れず移動できるでしょうか…
何だか不安を感じずにはいられない
汗だく感でした。

きまぐれな私 [雑感]

何だかわかりませんが
昨日ブログで
最近は積極的にコーヒーを飲む気がしない
みたいな文章を書きましたら

今朝から
無性にアイスコーヒーが飲みたくなり
セブンへ買いに行きました(笑)
そして
朝から晩までで
ひとパックあけました。

人には気分があるから
難しいですよねえ
急に何かがしたくなったり
急に何かが好きになったり
まあ
それは悪いことではないです。
時に魅力にもなりますし。
新たな発見にもつながります。

気分がないと
新しいことってやってみようと思わないですよね。
駄目だとわかっていることとかもそうですけど。
駄目だと思うけど、まあ今日は暇だしやってみるか!
という気まぐれで見つかった発見など数多あります。

このブログも気まぐれで始めたんです(笑)
他のSNS系統は一切やってないですし
やる気もないです。
人生の備忘録として
何か出来事があったら、月に一、二回の割合で
記事を書くか、まあ見る人もいないだろうし…
という気まぐれで始め
また気まぐれでどうせ始めたんなら
日記だし、毎日書いてみるかなあということで
七年以上毎日書いているんです。

気まぐれというのは、恐ろしいです(笑)

徒然なるままに [雑感]

いや~
暑くなってきましたね~
本格的な夏です。

今日一日で
随分顔が日に焼けました。

本当は日焼けどめとか
何かを塗ったほうがいいのだとは
思いますが
まあ、日焼け止めは一回500円玉大の
量を塗らないと効果がないですし
しかも二、三時間しかもたないので
また塗りなおさないといけないです。
一回塗ったことがありますが
規定量を塗るとまさに白塗りです。
八つ墓村か小梅太夫さんです(笑)
そもそもがコーヒー色っぽい私に
塗るとカフェラテ、いやミルクラテくらいにはなります。
お金だけではなく広い意味で
コスパとしてどうなのか?と思うので
色々考えると二の足を踏みます。
…というか
もっと少ない回数、少量で済むようなものを
開発してほしいですよね。
まあ
難しいのはわかりますが…

コーヒーで思い出しましたが
最近
以前よりコーヒーを飲んでません。

ブームがさったのかな…
まあ、コーヒーにブームはないですか(笑)

でも
以前よりコーヒーを飲みたいなあと
思うことが最近は少ないです。
季節のせいでしょうか。
コーヒー大好きの私としましては珍しく。
コーヒー最高、最高っていうゴロがあるくらいなんですが(笑)
ああ
嫌いなわけではないですよ。
飲みたいなあ、と積極的にあまり思わないんです。

なぜだか知りませんが
私はトマトジュースが安定して好きです。
塩の入ったやつです。
甘いのは好きではないです。
中学生くらいに初めてトマトジュースを飲んだのですが
その時の衝撃は今でも忘れません。
美味しすぎます。
確か初めてで三本くらい飲みました。

小学生の頃
ケーキといえばショートケーキしか家ではでなかったんですが
お隣さんで頂いた
チーズケーキの衝撃的な美味しさに匹敵するくらいです。
それ以来、チーズケーキも好きです。

コーヒー牛乳もそうですね。
まだ牛乳が主流だったころ
病弱で年中病院にかかっていた私は
(今、思うと申し訳ないくらい年がら年じゅう
病気をし、病院通いが絶えませんでした)
病院に行って
検尿がある時、おしっこをしなければいけないので
何かを飲まなくてはいけない
その口実としていつも母親に病院で
コーヒー牛乳を買ってもらってました。
時には二三本飲んでました(笑)
あんなに飲まなくても本当はでるんです。
お母さん、ごめんなさい。
この特別感がさらにコーヒー牛乳を美味しくさせて
いました。

うん???
こう考えてみると
初めて食べた時の印象って結構大切かもしれないですよね。

逆に言うと
実はそうでもないけど
最初の印象で嫌いになってしまう食べ物もあるのかも
知れませんね。

おやすみなさい [雑感]

おやすみなさい
先ほど帰宅で
明日は朝から晩まで東奔西走なので
早めに寝ます。
授業の準備はしっかりしてあるので
後は
ゆっくりと眠るだけです。
おやすみなさい

おつりがないんです [雑感]

最近、新たな忙しさに慣れていないせいで
ニュースも満足に見ていません。
これは厳密にいえば
見る時間がないわけではないのですが
疲れてバテバテで帰ってきて
授業の準備等をさらにやると…
もうニュース等を見る心と頭の余裕がありませーん。
これで家族や身近な何かにトラブルでも起きたら
パンクします、確実に。
とりあえず日々が平穏であるが故に
仕事に集中できるわけで…

う~ん

今は簡単に言うと
おつりがない状態なんです。

何か沢山やるべきことが
どーっと押し寄せてきても
しっかり休んで普通に状態であれば
バリバリバシバシ
対応できるんです。

そういう意味で何をやるにも日々の
コンディショニングというのは大切だと思います。
受験生にも同じことが言えると思います。
睡眠時間を削り削り
おつりのない状態で戦っていると
何かが起きたときに対応できません。

今の私は
おつりがない状態でとりあえず
しばらくは
戦わなければなりません。
ですから
これ以上の何かが起こらないことを
祈るばかりです。

生徒が頑張ってくれているんで
私が負けるわけにはいかないです。
その気持ちだけで日々やっていて
おつりは全くありません。

私の好きなことば [私の好きなことばたち]

今日は孔子の言葉です。
英訳したものを書いてみます。

Everything has beauty, but not everyone can see.
全てに美しさはあるが
誰もがそれを見えるわけではない

疲れめです [雑感]

最近
なんだか目の調子が悪いです。
今年はメールを書く件数が多いので
それが原因だと思います。
まあ
加齢で疲れやすいのもあると思いますが。

目も疲れていれば
体力的にも疲れています。
やはり月曜日の
電車が止まった反動が
体のいたるところに出ちゃっています。

今日は
まだ水曜日ですよね。
土曜日並みの疲労を感じています。
こういうときは
美味しいものを食べて乗り切りたいと思います(笑)[手(チョキ)]

電車トラブル多発です [雑感]

今日は
風が強いせいか
雨のせいか
私の運がないせいなのか

三回も電車トラブルに巻き込まれて
まあ
なんとか10分遅れくらいで
全部のご家庭を回れましたが…
移動でダッシュを沢山したせいなのか
精神的に色々疲れたせいなのか
よくわかりませんが

とにかくバテバテです。

また明日も頑張るために
早めに寝ます。
おやすみなさい

英文和訳など [英語学習]

大学入試で英文和訳の占める割合は
伝統と格式を重んじる京都大学以外は
随分と減ってきました。

それでも
まあ
それなりに出ます。

英文和訳は
意訳か直訳か
ということを
私は毎年生徒に聞かれますが
和訳に
意訳も直訳も厳密にいうとありません。
当然
言語は一対一対応で示し合わせてできたものではなく
それぞれが独自に、勝手に作ったものなんです。
ですから、文化の違いで直訳ができないことなど
日常茶飯事です。
ですから、本来「直訳」というのはありません。
英語で書いてあることを
その内容を
日本文化である日本語で
内容が同じようになるように訳せばいいのです。
無論、日本語で読んだときに違和感のないような文章で。

言語間の文化の違い
例えば英語は代名詞を多用し
数詞もいちいち書かなければならないですし
名詞で出来た言語です。

日本語はその逆です。
代名詞はあまり使わず、しばしば主語を自由に省略し
時制もあいまいに書き、数についてはごちゃごちゃ言わない
動詞でできた、述語的言語です。

ですから、この二つを直訳なんでできるわけがないんです。
一つ一つ英語に対応する日本語を当てた訳は
もはや日本語ではないんです。
初学者はよくこの間違えをします。
私の生徒もですが(笑)

ごくごく単純なものだと
彼が、彼の、彼を、彼で……いちいち彼彼って
どれだけカレーが好きやねん?
っと突っ込みたくなります。
日本語でそんなに彼彼言うのは女子高生から女子大生くらいの
ものです(笑)

someも「いくつか」と訳すのはやめてください。
英語はいちいち数を言わなきゃなんないので
例えば
テーブルの上に散乱した本があります。
ぱっとみ数えられない、数えるの面倒!
じゃあ「some books」というだけなんです。
欧米人も数をいちいち言うのに
辟易としているわけです。
それを「いくつか」「いくつか」
と訳す日本人がいたら
厚切りジェィソンさんでなくても
Why Japanese?と言いたくなります(笑)

あと
「彼は野球がうまい」
と日本語では叙述的に言いますが
これを英語で訳すと
He is a good baseball player.となります。
別にプロ野球選手では ないですよ~。
名詞で表すのが普通なんです。
リスニングで英語をを聞き取れない人は
結構これが大きく影響しています。
名詞の塊で文章をまとめて言っていないから
読むスピードについていけないんです。

この違いについては
本当は書きたいことは山ほどありますが
この辺でやめておきます。

でもそういう違いを学ぶというのが
本来「英語を学ぶ」目的なんです。
言語の相対化です。
それによって逆に日本語のことがよくわかります。
思春期以前は自己を相対化できていないのと
同じように、これができないと大人になれないからです(笑)

ああ
今、英文和訳の話をしましたが
和文英訳はもっと難しいです。

何が難しいか???
それは日本語自体を深く理解していなければ
ならないからです。
京都大学や2000年代前半までの東大では
いろいろと考えさせられる英作文がでているんです。
これは非常に勉強になります。
英語と日本語の違いについて認識を新たにできるからです。

最近の東大は全部自由英作文になりました。
自由に書いていい非常にお手軽な問題です。
そういう大学が増えてきました。残念なことに。
漫画を英語で説明したり、絵を英語で説明したし
誰かと誰かの議論を英語で説明したり
小学生か?という
まあそれはそれは稚拙な英語が飛び交うわけです。
挙句の果てには東大は減点法だから
減点されない簡単な英語を書け、なんて吹聴する
予備校講師が現れるわけです。
大学って
高等教育を学ぶためにに行くんではないんですかねえ。
東大の入試問題を見ていると、毎年がっかりします。
入試問題の駅前留学化です。
ネイティブに今はこんな表現は使わない(無論口語でですが)
と言われれば戦々恐々として
degradeする東京大学。信念やポリシーがないんです。
国際化、国際人を作るというのをポリシーだと思っていたら
大学であることを辞めたほうがいいです。

学問とは何か、何のために大学にくるのかを
英語の問題で問い続ける京都大学。
英語の問題の質で言うとレベルが全然違います。

東大はいつまで大衆化するんですかねえ
怖いことに
そのうち麻痺してこれが悲しくなくなるんでしょうね…

性格 [雑感]

人間には色々な癖があります。

地震予知ではないですが
(地震に周期性があるというのは大嘘です。
地盤はゴムじゃないので可塑性はありません。)
ものごとの中に周期性を見出そうとしてしまう癖とか。

今日の題名の通り
性格で人間の行動を説明しようとして
何とか納得いく解釈をつけよう、というのも
人間の癖です。悪癖です。

そもそも
人間の行動を性格だけで説明できる訳はないんです。
一日の行動をすべて振り返って見るとわかりますが。

ところが
何か事件が起これば、それをその犯人の残酷な性格に原因を求めたり
電車で席を譲れば、優しい性格だ
コンビニで募金箱にお金を入れれば人の痛みがわかる性格だ
などと
私達は安易に、そして単純に行動と性格を結び付けて考えて
しまうんです。

募金について言えば
性格ではなくて
テレビ等で感化されたから募金しただとか
小銭を財布にいれておくのが面倒だから
1円玉を募金しただとか
衝動的に入れただとか
色々な動機があるんです。
(動機というのは正確ではないですが)
ただ、そのどれもが
性格に原因を求めることができる
いわば「性格のせい」にできるわけです。
本当は違う動機なのに
都合がいいから使っちゃえ
という感じです。

私は椎間板ヘルニアで長く座っていられないので
電車で座っていても
すぐに席を譲って立ちます。
これは私が優しいからではなく、完全に自分の都合です。
でも、この行為を傍から見れば「優しいもの」と解釈しうるんです。
また私が、自己弁護にも使えます。
どうせ立たなければならないのなら
一石二鳥で恩を売ってやれ~みたいに考えるとしたら
それは優しいというのとは程遠い行為です。
(この辺はカントっぽくなってきましたが
カントの話とはまた違うんです。)

このように、解釈されるのが性格なんです。
性格は一つの解釈なので、
そこから行動を引き出すことには無理があるんです。
逆なんです。

性格というのは
簡単に言うと心の個人差みたいなものです。
まあ身長差みたいたもんなんです。
ただ
性格は行動でしか計れません。
身長みたいに直接計れれば楽なんですが。

ここで私は思うのですが
性格によって、ただ一回の行動を説明するのが
不可能であるならば
ある犯罪行為を犯した場合
それを精神鑑定だ、なんだとやって責任能力を問う
というのは
大きな間違えだと思うんです。
行動は行動で、その人がどんな性格であろうが
精神状態であろうが、責任を問われるべきなんです。

私も学生時代を振り返って
随分色々な人に迷惑をかけてきました。
それを思春期だったからだとか
精神的に追い込まれていたからだとか
そんなものに
還元して自分を慰めても仕方ないですし
それは正しい反省ではありません。

性格で話をする
性格に行動の原因を帰着させるのが
そもそもの間違えだと思うんです。
確かに
性格によってある行動を起こしやすい、起こしにくいというのは
あると思います。
でも、それを一回の行動の説明に使ってはいけないと思います。
それは性格が間接的に計る
つまり帰納的に色々な要素を拾い上げて形成された
架空概念だからです。
ブラックスワンと同じです。
白鳥を何羽調べて白くても、白鳥は白いという結論を導くことはできないんです。

そういう
難しい「性格」とやらに
向き合わなければいけないのも
また家庭教師のお仕事なんです。
その辺のお話はまた機会があるときに
書きます。

それではまた[手(パー)]



空き時間に髪の毛を [雑感]

今日、部活の関係で
生徒一人がお休みになりました。
移動の都合でとくに他の生徒も入れられませんし
その生徒の次も授業がありますので
帰るわけにもいきません。
二時間半ちょっと空いたので
最初は立ち読みをしていましたが
疲れたので
美容室に入って髪の毛を切ってきました[手(チョキ)]

切るタイミングを逸すると大変なことになりますので
今日、切れて良かったのかもしれません。

何だか一日歩きまわって
今日は立っている時間が長かったので
足がむくんでいたいです。

明日は朝早めに家をでますので
急いで寝支度をします。
おやすみなさい[眠い(睡眠)]

うまく立ち回れるようになりたいです。 [雑感]

最近
忙しいせいか
生活のリズムが変わったせいか
ニュース番組を見る時間がなくなりました。
新聞は読んでますが
それもさらっとです。
後は携帯ニュースを時々見るくらいです。

…ということで
世の中で何が起こっているのか
あまりよく分かっていません[がく~(落胆した顔)]

まあ
こんな生活が最低でも夏までは続きますので…
仕方ないといえば
仕方ないですが

もう少し色々とうまくこなせるようにはなりたいです。

こういう時にどうすればいいのか…
日々研究しています。
これを
うまくさばけるようになったら
素敵な大人ですよね(笑)

…とりあえず眠る準備をします。
おやすみなさい

(オマケ)
最近、特にニュースが見れないのは
もしかしたら…
小説の読み直しにはまっているかもしれません。
でも
小説って本当に面白いもんですね

向き合うための時間 [家庭教師のお仕事]

勉強で復習が大切なように
人生においても復習、つまり見直す時間というのが大切です。
私は毎年二月に生徒を送り出したら
送り出すたびに色々過去のプリントやら問題を捨てながら
思い出に浸り、反省し、自分自身と向き合うようにしています。
最近は三月に新年度をスタートするシステムにしましたので
なかなか振り返る時間を作るのが難しいのですが
それでも必ず振り返るようにしています。

この振り返るときに何をしているかといいますと
「意味付け」です。
毎年毎年沢山の生徒を教えていると
その生徒の名前や教えたこと
それはどんどん記憶の中から消えていきます。
これは新しいことを考えるために
自然にそうなるのですが。
でも
「意味付け」をして反省をしておくと
概念として
私の中に確実に残り、生き続けていきます。
その蓄積のおかげで
今の私があるわけです。

これは仕事に限ったことではありません。
今まで出会ったすべての人が
私という人格を形成していることは間違いありません。
ここの名前や思い出は忘れてしまっているかもしれませんが
私が私である意味として生き続けています。
適当な時
いい時に意味づけ
それは現実から目をそらすと言われればそうかもしれない。

でも人間には生きていくために
希望が必要なのです。
一条の光が

希望というのは普通に考えれば
皆さんがイメージするようなものだと思いますが
逆説的に見れば
いかに現実から目を背けるか、逃避するか
ということです。

どうしようもなくなったら
逃げる
これは何と
30年くらい前のゲームソフト
ドラゴンクエストにもあったコマンドなんです(笑)

自分に向き合う、といいますが
本当は向き合っているのか
私は疑問に思います。
希望を見つけるための逃避の理由を考えるような
ものだと思うんです。

逃げることは向き合うこと以上に勇気が必要です。
ですから
逃げることは卑怯なことではなく
真剣に生きようとすることだと思うんです。


書きたいことがたくさんあるのに
今日はもう時間がないので
断片的に、よく言えば詩的に書いてみました。
あとの行間を埋める作業は読者のみなさんにお任せです。
それでは行ってきます!

明日早いので [雑感]

今日はまだやることが多いですし
明日は家をでるのが早いです。
五時に起きてしまいますので
何とか三時には寝たいですが…

まあ
これくらいは大したことはないのですが
日々授業をやっていると
色々な葛藤や苦しみみたいなものはあります。
何せ
人間を相手にやっていますから
私の思う通りなんて
当り前ですがならないわけです。
それがもどかしくもあり
悩ましくもあり
まあ時に楽しくもあるわけです。

何とかしてあげたい
と思って努力をしているのですが
それがうまく伝わらない場合もあるんです。
根気よく
根気強く
雨水が岩を穿つように
やり続けるしかないんです。

運でしょうか [雑感]

今日は一日
いい授業ができました。
大体
一日通して
いい授業ができるのって
一週間に二日くらいです。

この率を上げていきたいですが…

それは私だけでは無理なんです。
生徒が宿題をやってこなかったり
何かしらで遅れたり等々

まあ
トラブルが起きるのが家庭教師
それに臨機応変に対応するのが家庭教師です。
ですから
うまくいかなくて普通という考えもできますが

なぜか
今日は非常にうまくすべてがいきました。
嬉しいです[わーい(嬉しい顔)]
これは運が良かっただけかもしれませんが(笑)


趣味と仕事 [家庭教師のお仕事]

趣味と仕事のちがい
これは高校入試くらいの評論文によくでるテーマです。
結局捉え方は人それぞれだと思うんですが(笑)
皆さんはどのように分けているのでしょうか。

私の場合は
趣味は自分の欲望を満たすようなものです。
理論物理学で大学に就職しなかったのも
研究職につかなかったのも
私の場合
宇宙の始まりを解き明かしたいという欲望は
個人的なものだからです。
別に宇宙の始まりがわからなくたって
誰も困りませんよね(笑)
何の役にも立ちません(笑)
ですから、これは個人的欲望、趣味なわけです。
それを仕事にしてお金を頂くというのは
どうかと思うわけです。
まあ
これは私の研究内容が
実験が必要だったり、人と協力しないとできない類のものでは
ないからです。
自分の頭の中で遊び続ければいいんです。
これは完全に趣味ですよね(笑)
そもそも私はあまり物理分野で教育機関に習ったことは
ありませんので、特に大学とかそういう拘りもないんです。
書籍等や方程式自体から
過去の偉人と対話をして学んだことが
ほとんどです。

そうなると仕事は何か
まあ
これは普通
生きるためが第一にあるわけですが
私の定義によると
生きるためにやることは「趣味」なんです。
欲望を満たしますから
ややこしいですが。
仕方なく生きてやっている人にとっては
「仕事」になります。

私の場合
仕事は…なかなか適当な言葉がないですが
社会奉仕です。

対価が生じるから仕事だろうというご指摘もあるかと
思いますが
お金をもらえる、もらえないで
趣味と仕事を私は分けているわけではありません。
無論
そういう定義の人もいるでしょうし
文字通り「趣味が仕事になっちゃった!」
という人もいるわけです。

私の場合
社会のためにやることが仕事で、これは義務です。
社会の構成員としていさせてもらうためのものですから。
趣味は私自身のためにやることなんです。
生きるのも
私自身のために生きれば趣味
社会のために生きれば仕事です。

そんな社会に役に立つであろうとして
選んだ仕事が
家庭教師なんです。

入口は
予備校の先生でしたが
それは
好きでやっていたわけでもなければ
社会のためにやっていたわけでもないです。
趣味でも仕事でもなく
ただただやっていたんです。
これは身体活動と同じです。
ただただ息を吸って吐く
これは自分の欲望を満たすわけでも
社会奉仕でもありません。
ただただやることです。

最初に書こうか迷いましたが
人にはただただやることというのがあります。
それが厄介でもあります。

息を吸うと快感だ~という人は
趣味だと思いますが(笑)

私は23歳位の頃
まさに
ただただ生きていたんです。
趣味も仕事もなく。

そういう私が
ただただ生きていく中で
仕事と趣味を見つけました。
これは非常に幸運でした。
家庭教師という「仕事」の何がいいかといいますと
一人一人の人生に一時の間、寄り添えるからです。
生徒と一緒に悩み、苦しみ、そして時に喜び
そのすべてが生徒の人生を変えていくものであり
これが社会に利することになり
ひいては「プロ家庭教師のお仕事」となるわけです。

ああ
勿論、普段は皆さんと同じような定義で
仕事と趣味の意味を使っておりますので
ご安心ください。
社会の和を乱さないことも「仕事」だからです(笑)




やることは満載です [雑感]

明日
日曜日ですが
先ほどやるべきことを
書きだしてみたら
ぞっとするほどありました。

知らなかった方が良かったかも…
な~んて
こればかりは
知らずにできませんよね(笑)

まず朝一で料金表を作って皆様にお送りしないと
いけません。
そして解きためてある入試問題の整理
そしてコピーに行きます。
二時間。
そのあとも
まあ
細かく言うとキリがないですし
それだけで疲れてきますからやめますが
何とか日付の変わらないうちに
ぜんぶ終わらせたいです[パンチ]

授業日程自体は
極端なピークは去りました。
でも
七月、八月…と
考えるだけでも恐ろしい激務です。
今年の講習会は七月一日から始まります。
日曜日がお休み。
当然
お盆休み等はありません。
誰かが書かれてたみたいに
Black企業ですから(笑)
まあ
結果を出さないといけないので
その分頑張るだけです。

今のうちに七月、八月の準備もしたいですが
さすがに
今日は無理かなあ
やること満載ですから

宿題は嫌いなんです [雑感]

これは全く個人的な話ですが
私は昔から宿題が嫌いでした。
今は生徒のバンバンだしていますが(笑)
まあ…職務上出さざるを得なくて
あまりだしたくないタイプなんですが…

私は自分でどんどん勉強を進めていました。
まあ
よく高校の時に「一体どの範囲まで勉強してたの?」
と聞かれるのですが…
これは
難しい質問なんです。
だって「範囲」は大学のカリキュラムとして話をした場合ですよね。
別に大学のカリキュラムに即して勉強を進めていたわけではないので
なんとも答えがたいです。
今思えば大学課程よりかなり進んでいたものもありますし
そうでない分野もありました。
当り前ですが。

私は自分の必要性に合わせて勉強してきたんです。
高校の時に、自分の研究の都合で
ある論文や専門書を読まないといけなくなり
最初はさっぱり書いてあることすらわからないので
それに関連した勉強が必要で、その近辺(正確にはわからないですが)を
色々勉強して、まだわからない
じゃあ他の分野も…ということで勉強を進めていきました。

英語の勉強も
論文を読んだり書いたりしなければいけないですし
もっと前の段階では
翻訳の小説を読んだら
やっぱり原書で読みたくなっちゃいっますよね!!
ということで
それができるように英語を勉強したわけです。

そういう勉強の中で
学校という組織に属しておりますと
毎日、わけのわからない
私にとって無意味な宿題が課せられるわけです。
宿題を無視してやらないという選択肢を取ったことも
ありますが
そうすると必要以上に先生が騒ぎますので
波風を立てないように、それなりにやっていました。

そんな
私ですから
宿題のイメージは
「自分の好きな勉強を妨げるもの」
という最悪のものです。
宿題は必要な人だけがやればいいと
今でも思います。
もしくは個人単位で、その生徒にあった
宿題というのをだしてほしいです。
まあ…
そんなことは受け入れられないことは
色々実験をしてみてわかりました。

そんな
私が宿題をだす!
これがどれだけのことか
お分かり頂ければ幸いです。
それはそれは
その生徒に絶対必要だからだしているわけです。
宿題をやってくれないと
定着しない
次の授業の進度に支障がでる。
だから出しています。

ですから
私の出した宿題は絶対やってきてください!!!!!

…と題名と逆の結論になっていますが(笑)
中には頑なに私の宿題をやってこない生徒もいました。
当然結果はでないわけです。
生徒だけではなく、周りも悲しくなりますし
私も悲しいです。
そうならないために、私は必要最低限しかだしませんので
それはやって頂きたいです。

あれれ!なんで三位なの??? [雑感]

最近
忙しすぎたため
満足いく記事が書けなかったんです。
毎日毎日
疲れたのなんだのって
自分でも日記だから
まあ
いいやという
気持の上で割り切らなければいけない状況でした。
勿論、ブログを書くよりも
圧倒的に本業を優先しないといけないですし。

大体
人気のある記事って
英語の記事なんですよね~[わーい(嬉しい顔)]
知ってます。
大体英語関連のネタを入れると閲覧数が増えますし
英語ブログをやられている方は閲覧数が上位になります。

あれれれ???
私は閲覧数なんて気にしてないのに…
なんでこんなことを書いているのかな…
つ、ついに考えすぎて頭がおかしくなったかな?
な~んていうのは冗談です。

実はですね…
な、なぜか最近の激務モード
ほとんど
疲れた、おやすみしか書いていないはずの
記事が凄い閲覧数で
な、なんと[exclamation×2]
ブログのランキングが三位になってしまいました。

え~あんなに
真面目に書いていた頃が五位なのに
なんで急に三位になるの~~[ふらふら]
驚きとショックが半々です。
今日、生徒にその話をしたら
その生徒はもとから私の記事は一切読まず
コメント欄だけを楽しみに読んでいるらしいです[がく~(落胆した顔)]
ガ、ガガーン[爆弾]
そ、そうなの…そうなんだ~
最近何か面白コメントでもあったの…?

何とか平静を装って聞いてみましたが…
特に最近面白いコメントはないみたいです。

…そうか…
実は私のブログはコメントを書いてくださる人のネタに
よって成り立っているのか…
となんだか複雑な気分でした。

…それで帰宅して
コメントを久しぶりに閲覧数の多い記事でチェックしたんですが
取り立てて
何か面白い感じもしませんし…
記事も面白くもありません。
う~ん
なんででしょう?

まあよくわからないのは
偏差値と同じですよね(笑)
私は皆に偏差値は気にするなと言ってますし
気にしないで行きましょう。
たまたま
Chineseの爆買いにあった電気屋みたいな
感じでしょうか(笑)

七月、八月にむけて [雑感]

何とか中間テスト対策期間が終わりました…
これで少し人間らしい生活に戻れます。
私の場合五時に起きちゃう病なので
そこから仕事をしだしますので
午前中の早い時間から授業が夜遅くまであると
労働継続時間が長すぎるのだと思います。
まあ
でも、今回は何とかクリアーできました。

ただ…七月、八月はかなり忙しいので
その準備は着々と進めておかないといきません。
七月、八月は準備を休める日
つまり純粋に一日授業だけの日を作らないと駄目です。
後は、事務的な仕事もテキパキやりたいです。

何だか
体が重いですが
まあ動いていれば何とかなりますので
今日も一日頑張りたいと思います!!!

小説の読み直し [雑感]

以前記事に書きましたが
15歳までに読んだ本の読み直しを40歳に
なったらするというのを
もう随分実行しています。
多すぎるので、主に小説だけにしますが…

この読み直しは多分
色々なものと平行してやると
勿論、新しい「今」の本も読みますし
仕事で読まなければならない本もありますから
10年はかかると思います。
50歳になったら15歳~20歳くらいまでの
本を読み直しするんです。
15~20歳までにかなり読んでしまったのと
私の加齢による読書スピードのダウンを考慮すると
これくらいが適当だと思います。

四月から初めて随分読みましたが
まあ
まだまだ氷山の一角にも満たないです。
10年かけるので、当り前ですが。
ちょうど中学生くらいの時期は
海外の作家を読んでいたのですが
最近はドストエフスキーを読んでます。
「罪と罰」とか「白痴」とか
これも以前書きましたね。

その読書の中で思うのは
本当にドストエフスキーはすごいなあ、
ということです。
勿論
中学生の頃もすごいとは思っていたのですが(笑)
それはよくある書評的な
表面上のすごさをなぞっていたにすぎません。
私も年の功か
様々なことを勉強して色々と
わかってきたことがありまして
そういう視点から見ると
また全く違うことに気が付くんです。
より作家的な視点に立てます。

勿論
15歳の私の読み方を全否定するわけではないです。
そういう読みもありますし、
本の後ろに書いてあるような書評
レベルのことも大事といえば大事です。
でも、もっと深く今なら様々なことを感じられるんです。
残念なのは私がロシア人ではないということです。
当たり前ですが(笑)
これは単に言語の問題ではなく
例えば
何に懐かしさを感じるかとか
生活の肌感覚がないということです。
(ほかにも沢山ありますが)

ですから悔しいですが
私は本当の意味で「罪と罰」は理解できないのだと思います。
不思議なことに
ジブリの作品を見ると
あんな昔や、田舎にいったことさえない人でも
日本人ならば
共通に感じてしまう懐かしさというのがありますよね。
本当にこれはなぜ感じるかわかりませんが
それは外国人には基本的には無理です。
そういうレベルでドストエフスキーは
「目的を持たずに」書いているということです。
これを正確に書くと何時間もかかるので
抽象的で申し訳ないですが。

私は年を取ってからの読み直し
これを生徒にも勧めています。
今日おすすめしたら
そんなに本は読まないので
一瞬で読み直しは完了する
と言われてしまいましたが[たらーっ(汗)]
私のように友達もいらないような人にとっては
本というのは本当に
かけがえのない対話相手なわけです。
これは昔もそうですし、今でもそうです。
自分自身に投げかけてくれるんです。
自分では気づかない自己への問を。

ある作品を一回読んで終わりにするということは
解釈を自分の中で確定してしまうことです。
それは翻って自分への解釈もそうなわけですが、
それはもったいないです。
人は成長するわけです。
様々な体験を経て。
その新しい体験や学問を携えた私と
本の作者やキャラクター
そして15歳の私の三人で
色々なお話ができるです。

それによってどんな化学変化が生まれて
どんな結論に至るのか
考えるだけでもワクワクします。
焦らずじっくり考えながら読んでいます。
10年もかけるんですから(笑)

この話はこうこうこうだった
もうわかりきっている!

決めつけて
読み直しをしないなんて
もったいないです。

本は何の利害関係もなく本音で
私と向き合ってくれます。
読書は本当に素晴らしいと
私はかみしめるように思います。