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第2講 ソクラテスの思想~中編~ [哲学概論]

ソクラテスが無知の知を出発点に
問答法でソフィストを論破し
産婆術でアテネ市民を真の知恵へと
導きました。
相対的真理ではなく絶対的真理を求めて。

それでは
ソクラテスが絶対的真理としたのは何でしょうか?
それは「徳」(アレテー)です。
「徳」こそがアテネ市民を善き魂(プシュケー)に導く
真の知恵だと考えたのです。
「徳」というのは
ものに備わるよさや能力のことです。
鳥には空を飛ぶという徳(アレテー)が
はさみには切れるという徳が備わっているとうことです。
(ギリシア時代にはさみはありませんが(笑))

それでは人間の徳
即ち人間に備わるよさや能力は何か?
それをソクラテスは色々な思考の末
正義、知恵、節制…と考えたのです。
その中で特にソクラテスは「正義」を重視したのです。
ここからギリシア哲学で最も重要な正義論が始まり
そしてそれは現代でも「正義」とは何か?という
形で問われています。

ソクラテスは人は「徳」を正しく知れば、善き生き方に
導かれるという「知徳合一」ということを主張しました。
「知る」ということを非常に重要視したのです。
人が悪いことをしてしまうのは知らないからだというのです。
現代でもアイスボックスに入って写真を撮って投稿するという
無知なことをした人がいますが、その人はふざけ半分で投稿して
目立ちたいと思ってやっているのでしょうが
それによってどれだけ重い様々な罪と賠償を背負わされ
様々な人に迷惑をかけてしまうかということを知らないわけです。
飲酒運転で人をひいてしまう人もそうです。
殺人事件を起こしてみて初めて自分が負わなければならないもの
一生をたった一時のお酒という享楽のためにぶち壊してしまったこと
に気がつくのです。本当にその重さを深く認識していたら
絶対に飲酒して運転はしません。
もしそのような事実を知っていてやるような人がいたら
損得感覚、リスク感覚がおかしすぎて
それはそれで他の精神的な病院に入る必要があります。
これも事件を起こしてからでは手遅れなのですが。

知っていたら悪いことはしない、
そう考えてソクラテスは
「徳は知なり」という言葉を残しました。
その上で徳に基づいて善く生きることこそが
人間の真の幸福だと考え、これを「福徳一致」と言います。
名誉でもお金でもなく徳を知り善く生きることが幸せなのだと
アテネ市民にソクラテスは説いたのです。

このような活動をしていると当然恨みを勝ったり
時の権力者から目を付けられたりしてしまいます。
そうしてソクラテスは神々を信じず、青少年を惑わせた
という理由で裁判にかけられました。
アテネの市民裁判で二回に渡り審議されましたが
ソクラテスは反省するどころか裁判でアテネ市民の道徳的堕落を批判しました。
そしてソクラテスは死刑を言い渡されるのです。
ただ、プラトンを代表とするソクラテスの弟子たちは
全く心配していませんでした。
というのも当時は牢番にちょっと賄賂を渡せば
逃げて死刑は免れたのです。
しかも実際、牢番の人はソクラテスに同情的で
いつでも逃げられるように牢に鍵はかかっていなかったのです。
弟子たちは国外逃亡の手はずを整え、
援助してくれる人まで見つけました。

ところが…です
ソクラテスは「悪法も法なり」と言ってそれを拒否したのです。
ソクラテスは弟子たちを集めて獄中で説きました。
自分はアテネの民主主義を誇りに思うし
アテネ市民に誇りを持って善く生きるように説いてきた。
そのアテネ市民が決めた法、下した判決ならば
どんなに自分にとって不都合でも不合理(悪法)でも
それを甘んじて受けなければならない。
それが自分が今まで主張してきたことであり
自分は最後までアテネ市民として正義に基いた善き生き方を貫くのだと。

そう言ってソクラテスは当時の死刑、毒杯を呷って自らの命を絶ったのです。
このソクラテスの生き方に感銘を受けたプラトンは
政治家になることを志していましたが
自分も哲学者になることを決めるのです。

かくしてソクラテスの考えは弟子のプラトンに引き継がれます。
そしてプラトンの考えはアカデメイアというプラトンが建てた学校の
生徒だったアリストテレスによって更なる発展をみるのです。

(注)私が書きづらいので「弟子」という言葉を使ってきましたが
ソクラテス自体は子弟という上下関係を嫌っており
皆が真理を求める同士という立場で考えていたそうです。

→後編に続く
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