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第2講 ソクラテスの思想~前編~ [哲学概論]

前回までの話の続きですが
ソクラテスはソフィストに幻惑されていた
アテネ市民を善き魂(プシュケー)に導くこと
ソクラテスの言葉を借りれば
「ただ生きるということではなく、善く生きること。」
という生き方に導くことを目指していました。

そこでその為にはソフィストのような相対主義ではなく
善とは何か?正義とは何か?という絶対的真理を目指して
思索の道にわけいっていたのです。
正にこの瞬間、哲学が始まったともいえるでしょう。

数年前にブームになったハーバード白熱教室の
マイケル・サンデル教授の「正義」論にも
当然のごとくソクラテスは取り上げられていますので
興味のある方はそちらも読んで頂ければと思います。
また、マイケル・サンデル教授の授業方法も極めて強く
ソクラテスの産婆術という手法の影響を受けています。
ソクラテスはまず問答法でソフィストの無知を暴き、
アテネ市民に無知の知の重要性を理解させ
(我々は何もしらない、だから誰しもが学んでいかなければ
いけないのだということです。)
自分で結論を言うのではなく皆で議論をして共に真の知恵に
近づいていく、その世話をしているだけ(産婆術)というスタイルを貫きました。
マイケル・サンデル教授の授業も同じです。
彼の結論、見解というのは授業で一切出てきません。
学生同士議論をさせ、その中でより深い真理
の発見を手助けしていくのです。
そうすると学生は今まで自分が
考えたこともなかった深い思考に至ることができるのです。
この方法が日本人には目新しく映ったので人気がでたのだと思いますが、
実はソクラテスが始めた方法なのです。
何かのインタビューでサンデル教授も仰っていました。

ここでは簡単にソクラテスの考えたことについて
書いていきたいと思います。
ソクラテスの思索の出発点にあたるのは
「無知の知」です。自分は何もしらないと自覚することです。
何も知らないと自覚しなければ絶対的真理など探求すら
できないということです。

これは私も非常に大きく影響を受けた点です。
ちょっと物理ができてもちょっと数学ができても
模試で一番を取ろうが、天才と呼ばれようが
先人の偉人に比べればゴミみたいなものです。
科学がどんなに進んだ現代でも
自然の、目に見えないくらいのほんの小さな一部がわかっただけです。
そもそも自然を科学で解析しようなどということ自体が
おこがましいことなのです。自然はわからないことだらけなんです。
知ったかぶりは御法度です。
私たちは常にこういった謙虚な気持ちで学問、真理に向かい
あわなければなりません。
そうソクラテスは私に教えてくれました。

ソクラテスが「無知の知」を理解するに至ったきっかけには
有名な二つの言葉、エピソードがあります。
ここでは長くなるのでエピソードは書きませんが
デルフォイの神託の言葉
「ソクラテス以上の智者はいない」
とアポロンの神殿の柱に刻まれていた言葉
「汝自身を知れ」
とからソクラテスは「無知の知」こそが
真の知恵を探求する出発点だと考えたのです。

→中編に続く
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